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2009年5月の25件の記事

遠征~呉から熊本へ~

 ただいま途中下車中。

  乗車券は、金沢発の南熊本行。

Img_5828_2   日曜日、「サンダーバード」に乗って、北陸本線、湖西線、東海道線経由で京都に戻って、途中下車。

  これから、新幹線で広島駅に向かって、別の切符で呉線の呉駅まで。初めての本派のお寺での降誕会法要。3日間の布教です。http://www.saikyoji.net/saikyoji-contents.htm。これも、信楽先生や西光先生のおかげです。ただ、初めてのところで皆さんの反応がわからないので、教案もいくつかは用意しました。カウンセリング的な要素も交えてほしいとの希望なので、反応がいささかつかめませんが、楽しみのほうが強めかなー。

  終了次第そのまま、呉線で広島駅まで戻って、「のぞみ」で博多へ。鹿児島本線の「リレーつばめ」(または「有明」)に乗って、熊本駅まで行き、 豊肥線に乗り換えて、南熊本駅で下車。やはり本派のお寺(蓮光寺)での仏青研修会に出席。長年、父がお世話になってきましたが、ぼくは初めて寄せてもらいます。S子&K子ちゃん姉妹のお寺、楽しみだなー。

  別に、鉄ちゃんじゃないので、1,000キロを超える鉄道の旅は、初めて。

  でも帰路は、飛行機利用。熊本→伊丹は、1時間で到着します。

 報告は帰宅後ですね。

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皐月

 いま、華光会館の玄関を皐月が飾っている。ご縁があっていただいた盆栽だ。

 まさに信の花盛り?

Img_5871

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試食

 だいたい火曜日の午前中は自力整体に出かける。週末が法座で疲れることが多いので、からだの手入れをするのにちょうどいい。からだがほぐれると、こころもほぐれてくる。宿泊法座のあとは、気分が塞ぐことがわりと多い。反省することが多くて、落ち込み込みがちだ。からだがほぐれると、前向きな気分が戻るので助かる。

 伏見の大手筋の会場に行くことが多かったが、今年からは下京区役所横の「空」という会場へ。自転車ですぐ行けるので便利になった。

Img_5868  会場の入り口前で、いつも移動弁当屋が商売をしている。区役所の職員などをあてにしているのか、けっこう流行っている。350円~400円ぐらいで手作りという宣伝。京都市内なら無料で宅配もするというのだ。行事や行事前の打ち合わせの時に使えるかもしれない。会館で話すと、ぜひチラシをもらってきてくださいとのことで、レッスンの終わりにチラシをもらった。平日の12時は無理だが、土曜、日曜ならいいとのこと。値段も、1500円までいろいろとたのめるようだ。それだけではわからないので、400円の日替わり弁当をImg_5869試食することにした。

 ちょうど1時間後に映画を見る予定だが、天気もいい。 映画館に近いお寺の境内で試食することにした。ちょうどベンチもあって、外で食べるのも悪くない。すでに、何組のOLの先客がある。因幡薬師として親しまれる平等寺。市内のド真ん中だが、一筋入るとすごく静かだ。でも、お寺といっても、大黒天をまつり、現世利益そのものである。失礼ながら、中身はまったくない。

 お味は、うーんコンビニ弁当よりはいいと思った。確かに、これで400円(ご飯付きで500円)なら悪くはないと思うが、値段相当かなー。中身はもう少し交渉が必要かもしれない。

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『子供の情景』(原題~ブッダは恥辱のために崩壊した~)

 先日、京都シネマで、20歳のイラン女性監督の、アフガニスタンを舞台にした『子供の情景』を見た。不急不要での人込みを避けるように報道されているからか、人出は少なく、5~6名だった。

Kodomojokei_01  冒頭、ブッタの描かれた曼陀羅が映し出されて、「あれ」と思ったら、次ぎの瞬間、タリバンによるバーミヤンの大仏破壊の映像が挿入される。大爆発の大音響と共に崩れる仏像の映像を目の当たりにすると、「形あるものはすべて滅びるのだ」というのが、ブッタの教えだが、やはり胸が痛くなる。この崩れた洞窟が舞台になったり、崩れた仏像の残骸(石)で子供たちが、生贄を石打ちの刑をする、なんとも物騒なごっこ遊びに使われるのだ。

 予想外の始まりの種明かしはあとにして、ストーリー紹介。

 舞台は、アフガニスタンのバーミヤン。洞窟の家に住んでいる6歳の少女。この子が、素朴で、可愛いすぎるぞ。母親に赤ん坊の世話をたのまれるが、かなり危なかしい。ちょうど、うちの下の子が赤ちゃんの面倒をまかせるようなもの。それだけでもちょっとドキドキもの。赤ん坊をあやしながらも、隣に住む男の子が、教科書で読み書きの勉強をしているのが気になって仕方がない。教科書に出て来る小咄に興味津々。実は、この小咄こそ、大国の都合で蹂躙されて、翻弄され続けるこの国を表す寓話で、映画のキーワードになっている。
 ともかく、彼女も学校に行きたい。しかし、それにも、ノートが必需品だと言われた。そうなると、彼女は猪突猛進だ。赤ん坊は置き去り(最後までこの点に触れられないのはご愛嬌か)にしてノートを求める。バザールで、ニワトリの卵(4個)を売りに出かけるのだ。

 幼い少女が、素手で卵を売りにいくという危なかしい状況も、また今日の世界の危機的な情勢の比喩をしているのだろうが、このあたりはまだ微笑ましい少女の冒険劇のような色彩で、このハラハラ感がいい。第一、彼女が、かわいさや弱さを売り物にするのではなく、自分の意志を貫き通す、しっかりもののキャラとして描かれているのが好感がもてた。この国で、生き残っていくことは子供にとってもたんへんなのである。

 紆余曲折、やっとノートを手に入れ、男の子に連れられて学校にいくのだが、ここから少しずつ、戦争の傷跡があらわになってくる。

 せっかく学校に連れていってもらうも、男女は別々。連れ出してくれた男の子が頼りなく当てにならない。結局、一人で女子学校をめざすことになる。

 ところが、他の男子たちののいじめにあい、真っ白なノートが踏みつけれてしまう。戦争ごっこ、英雄タリバンごっこに巻き込まれて、とうとう監禁され、石打ちの処刑ごっこに巻き込まれていくのだ。ごっこ遊びとはいえ、タリバンのイスラム原理主義下の子供たちのそれは、辛辣で、残酷なのだ。ガムの包み紙に写真の絵があるだけで偶像崇拝、女の子が口紅でもしようものなら淫乱で堕落といった具合に、集団で威圧し、暴力で制裁しようとする。大人の真似をしているのだ。

 戦争の恐ろしさは、なにも戦闘場面にだけあるのではない。

 子供たちの遊ぶ道が、白い石で区切られている。それを出そうになると、ガキ大将が「気をつけろ」と指示している。外は雷があって危険なのだ。
 子供の遊びと、実際の戦闘の境目が、限りなくあいまいなのだ。こうして、処刑ごっこを無邪気にしている子供たちが、未熟なまま兵士と駆り出され、人々を殺傷していくのであろう。そう思うと本当に悲しい。

 それにしても、男の子や大人のたよりなさに比べて、幼い彼女のたくましさはどうだろうか。タリバンによって女性は抑圧されているのだが、卵が割れても、ノートを踏まれても、男の子に囲まれても、涙を見せない。そして、「戦争ごっこはイヤ」と叫び、踏みにじられたノートを拾い上げ、自力で学校をめざすのだ。

 映画の原題は、『子供の情景』とにほど遠い、「Buddha Collapsed out of Shame」とあった。和訳すると、「ブッダは恥辱のために崩壊した」となる。なんのことか、わからない。たぶん、日本では、『子供の情景』の類のタイトルにして、かわいい子を前面にださないと、興行的には成功しないのはわかる。解説を読む。これは監督の父で、イランの巨匠監督、モフセン・マフマルバフの著書からの引用だそうだ。世界はアフガニスタンの石仏がタリバンに破壊されたことには怒りの声を上げたが、同じ国で同じ時期に、戦争や干ばつにより大勢の人たちが死に瀕していることには、まったく無関心だった。ブッダは、罪なき人々の上に起こった残酷な出来事や暴力を見て、自らの道徳的感化の無力さを恥じ、自ら崩れ落ちたのだというのある。

 完成度という意味では、素人目から見ても少々冗漫な語り口で、もう少し刈り込んだほうがいいと思う場面も多かったが、この映画のタイトルに使うだけでも、20歳とはいえただ者じゃない。 ラスト、またしても悪童どもにかこまれる。隣の男の子が叫び、「死んだふりをするんだ」「死んだら許してもらえる」という言葉ともにバッタリと倒れる彼女。そして、再び大音響と共にブッダが崩壊する映像が流れるのだ。

 いま、ぼくたちは目先の欲得に振り回されて、背けてはならない現実も知らず、目を逸らし続けているのではないか。あまりにも無知だ。ブッタが崩壊する映像が、深く胸に刺さた。

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北陸支部法座~旅情編~

 設立されて、ちょうど1年目の北陸新潟支部に初めて窺う。

 ブタフル発症から初めての電車なので、近鉄電車から初マスク。見渡すと、1/4~1/5程度の着用率という感じか。さすがに、京都駅ではもう少し多かった気がする。

Img_5834   京都駅の0番線から北陸本線に乗る。行きは雷鳥だった。

 出張法座は、福岡、広島、名古屋(高山)、東京と新幹線を利用することがほとんど。京都、大阪、兵庫圏内は乗用車だ。湖西線の車窓からの風景も久しぶりで、どこかもの珍しい。田園風景が広がっている。琵琶湖との相性も美しい。Img_5840_2

 すこし教案の整理もしたが、大方は『悩みを聴く技術』 ディープ・リスニング入門~を読んで過ごす。ぼくは、アクティブ・リスニング(積極的な傾聴法)を学んだことはあるが、「ディープ・リスニング」は初めて耳にする言葉だ。ゆったりした態度、事柄から始まり感情にフォーカスする姿勢、そして、第一に話し手が主人公で、聞き手が主導権を奪わず、どこまで相手を尊重する姿勢に、非常に親近感を覚えて、興味をもった。もう少し内容を深く尋ねてみたい。

 2時間25分ほどで、金沢着。

 駅に降り立つと、駅員や売り子以外、マスク姿の人は歩いていない。まったくといっていほどだ。拍子抜け。関西では小さな薬店でも、「マスク品切れ」と大きく表示されている。なんと、高齢者を狙った「50枚で6万円のところを、特別に45,000円でおわけします」という詐欺商法まで登場した。ところが、ここでは地元新聞での新型インフルエンザの記事の扱いが極端に小さい。京都新聞などは、連日、「予防の注意」だけでかなりの量を割いている。関心が薄いのなら、ここでマスクを仕入れてぼろ儲けをと企んだか、「無理、無理。こちらでも品切れです」と、皆さんに笑われてあっさり一蹴された。うまい儲け話などない。

Img_5844  石川のKさんがお出迎で、初めて会うK君とご一緒して、犀川荘へ。清澤門下の「加賀の三羽烏」ではないが、金沢の町には大谷派のお寺が多い。地元のKさんから、城Img_5851_2 下町のつくりや石川県人気質の説明をいただく。途中、鈴木大拙師の記念館の案内表示を発見。そういえば、金沢の出身だった。

 犀川にかかる橋を渡り、川の流れを登りながら、20分足らず、会場の犀川荘に到着した。川と山、どことなく京都に似た風景だ。宿の前は、河川敷に緑が広がり、野鳥も飛んでくImg_5843る、落ちいた雰囲気。川のせせらぎも心地よい。しかも、「びっくりのお値段」なのだそうだ。

 会場で、皆さんにごあいさつ。2~3名を除くと、ほとんどが2、3年以内にご縁ができた方々だ。むしろ、1年以内の方がいちばん多いかもしれないし、初めてお会いする方もずいぶんあった。

 初めての場所、しかも初めてのお会いする人達のご法座が始まった。(内容編につづく、たぶん)

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伊藤康善先生の音声

 お知らせが2点。

当然というか、京都でも新型インフルエンザにの患者が発生した。わりと近くの小学生である。すぐに、市内の大学や高校が休校になった。ゆうこも大学が1週間の休校になって、逆に困っている。埋め合わせが、土曜日や夏休みになるからである
 でも、いまのところ、わが子の小学校や保育園は平常どおりで助かっている。発症者の生活範囲の区内では休校になっている。休校区間とは、八条通り一本を隔てた程度の場所にあるのだが、ギリギリセーフだった。

 それで、明日(23日・土曜日=10時~13時)の、ゆうこの「暮らしのなかのカウンセリング」は、通常どおり開催することになった。会場も、いつもどおり3階研修場である。

すでにご承知だと思うが、いま華光会HPのトップベージから、「伊藤康善先生」のご法話の一部が試聴でけるようになっている。http://homepage3.nifty.com/keko-kai/

  オープンリールのものを、カセットテープ起したもので、先生の25回忌法要を厳修した折に、皆さんに聴いてもらったものだ。そのときはカセット・テープで販売し、華光誌にも掲載している。いまは、MP3で、パソコンからダウンロード(全文は有料)できる時代になったのた。

  ムラ君がいろいろと試行錯誤して、HP同様に、いろいろと意欲的だ。広く皆さんに知ってもらいたいそうだ。
 他にも、華光同人には、先日の花祭りのぼくの法話もダウンロード(無料)して、聴けるようになっている。(ただし、同人会員へのサービス。不明な点は、お問合わせください)

 ほんとうに便利な世の中になったものだ。パソコンの有無で、情報格差はどんどん広がっているわけだなー。当面は試験的な段階だが、ぜひ、皆さんにもお試しいただきたいとのことだ。

  「うまく聴けない」、「どうすれば再生できるのか」などの疑問のある方は、華光会(担当:村上)宛にメールでお尋ねくださればいい。

 明日は、ぼくは金沢。初めてなので、楽しみだ。マスク持参で行きます。

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エアコンの総入替え

 今月は、会館維持のための修繕や工事が続く。

 まず、永代経の終了直後に、エレベーター基盤部分の交換。これは、半日で終了した。

Img_5816   そして、今日から4日間の予定で、3階のエアコンの総入れ替えである。最終日は予備日なので、実質は3日間かかる。

 フロアーごとに、3年かけて入替えImg_5818を行なっていくが、エレベーター修理と合わせると、総額で1,000万円もの仕事になる。こりゃ、「働けど、働けど、わが快適暮らしを維持するだけ」である。空調設備やエレベーターに関しては、電気代もそうだが、それを維持・管理していくのも、たいへんだ。自然に逆らって、人間の至便性や快適さを追けるには、それに見合う投資も必要になってくる。

Img_5820_2 朝8時すぎから、業者のバンが4台入ったきた。すぐ に、廊下やエレベーター、3階すべての養生が行なわれる。ちょっと変わった風景に、子供たちは喜んでいた。

   予想していたよりも、大人数で、それなりの作業になっている。3階は、合計12台あるが、今回はImg_5822_2ビルトインタイプの9台の交換である。ビルトインなので、スッキリしているのはいいが、経費といい、設営作業というそれなりにはかかる。

 養生が終わったら、従来の室外機も含めて設備の撤去が始まる。1階にはそれほど騒音の影響はなさそうだが、今日は、外出をImg_5817優先することにした。

 最後に、撤去と、運搬のために2トントラ ックが入ってきて、今日の作業はここまで。

 あと2日間作業は続くが、1階にいるかぎりは、ほとんど騒音の、影響はない。

 もっとも、3階は両親の居住空間だが、朝8時からの作業にもかかわらず、襖一枚だけ隔てたところで、父は午後1時30分まで熟睡していたという。
 本人いわく、「耳栓していたら、まったく気にならなかったわ」。
 これが、健康で、長寿の秘訣の一つかもしれない。

(かわり映えしないブルーシートの写真ばかりで、まさに青一髪? ①一階廊下、②講師室、③三階廊下、④研修場、⑤撤去されたものの一部(長年、ご苦労さまでした)。

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「十分に機能する人間」

 真カ研は、4月は総会で、5月から新年度の月例研究会のスタートをさせた。

 月例会の担当を初めてかなり立つ。いろいろなことを試みたが、ここ数年は、ロージャズ論文の輪読を始めている。このところテキストの探しがたいへんだ。あまり難しくなく、かつ1年(10回)で読めて、それでいて内容のあるものとなるとなかなか探しずらい。面白くないと、続かないし、いつも頭を悩ませる。

 今年は、パーソナリティーや治療理論から少し離れて、思想的な一面に目を向けることにした。最初、提案したのは、1年で読むに長いが、ロージャズと、「我と汝」の哲学者マルチン・ブーバーの対話だ。ロージャズは、神学者、パウル・ティリッヒ、行動主義心理学のスキナー、「暗黙知の次元」で有名なマイケル・パランニィーや、実存心理学者のロロ・メイなどの一流どころとの対談があるそうだが、殊にブーバーとの対談は有名だ。ただ、いま一つ二人の対話が噛み合っていないが、それを含めて意味はある。
 ところが、最近、このときの対話を、これまでの英語版での削除や間違い部分を訂正した日本語訳で、削除部分は当然のこと、沈黙、言いよどみ、言い直し、ためいきを含め、日本語訳の誤りも指摘した完全版の逐語録と、その一々の詳細な解説を含めた『ブーバー-ロジャーズ 対話』が刊行されているのだ。さっそく、購入してみると、なかなか面白い。でも、いまの月例会で取り上げるには、かなり詳細な研究になるので、結局、今回は見送ることにした。

 それでも、彼の人間観の一端に触れたかったので、『十分に機能している人間』か、『自己が真の自己自身であるということ』から読み勧めることにして準備をし、結局、今年は前者から読むことにした。

 機能的人間という、何か社会に適応する合理的で、効率的な機械的な人間のようイメージがあるが、ここではまったく逆であることは、冒頭読んだだけでわかる。そのことは、おいおいと触れていくことになるが、
 要は、「心理療法が最大限に成功するならば、そこにはどんな特徴をもった人間が生まれるのか」をテーマに、治療過程での理論的な究極の姿、漸近的な理想像を、「十分に機能している人間」と表現しているのだ。それは、単に社会的な適応でも、病的から正常への移項でも、お題目の精神的な健康増進といった、なんらかの社会的な外部や権威で規定、評価で決まるものではなく、自らが、自分自身の経験に開かれ、自己の有機体を信頼でき、つまり自らに与えられた実現傾向を十分に行き来ている人間を意味しているのである。

 1回目ということで、新人も多くていろいろと感銘を受ける言葉もあった。何よりも、その冒頭に触れただけで、社会的な評価ばかりに依存し、成果や結果ばかりを求め、自己否定的で、劣等感にさいなまれている、恒常的な不一致状態のいまの社会や私自身の視線が、次元の異なる水平へと導かれるようで、なんとなく勇気が湧いてくるから、不思議なのだ。

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金沢と、豊岡での法座予定

 散髪にいったら、案の定、ブタフルの話題になった。日曜日から客足が悪くなって、2時30分予約のぼくが、今日の最後の客だという。大学で聞いた話では、龍大でも、親鸞聖人降誕会に合わせた恒例の提灯行列が中止になったり、草津で他大学の一人の発症者のために、瀬田学舎も1週間の休校が決まったらしい。京都の保育園が休園がならないことを願うばかりだが、雲行きはあやしい。

 いまのところ、華光会の行事は普通どおり開催予定。
 人込みになるほどのお参りがあればいいのですが…。残念ながらそれほどでもない。

1)北陸支部法座

 日時:5月23日(土)13時(受付)・19時 24日(日)9時~12時
 会場:金沢市犀川荘

 http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/05/hokuriku2009-5.htm

 新潟でのご法座はあったが、福井も含めて、金沢は初めてのご法座。参加名簿を見たら、初めてお会いする方もかなりあり、楽しみだ。

 当然、初めてたので、法話の教材はたくさんありすぎて、逆に迷った。最初は、2日間かけて第十八願の「三心一心」をテーマに、プリントのコピーも準備。でも、参加者のなかには、教義の知的理解に終わる懸念もあるので、むしろ具体的な、我が身に即した罪悪について触れることにした。それで、大経の「三毒段」と、「命の食べ方」。場合によっては「善太郎さんの歌」交えるのか、機の深信に関連して、リクエストのあった「二種深信」を交えてもいいかもしれない。いずれにしても、罪悪生死の我が身がテーマ。楽しみです。

2)日高支部法座

 日時:5月23日(土)~24日(日)
 会場:豊岡市日高町の家庭法座

 http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/05/hidaka2009-5.htm

 父は、車で兵庫県の日高支部法座。京都から何名か同乗されるので、賑やかになりそうだ。
 週末は、金沢と豊岡と、日本海側での法座になった。

3)暮らしの中のカウンセリング

 日時:5月23日(土)朝10時~昼13時
 会場:華光会館2F道場。

 ゆうこの集いが土曜日にある。3階研修場は、エアコンの総入れ換え中で、何かと不便をかけるが、予定どおり開催する。ただし、子供の保育園が休園になった場合など、中止になる可能性もあるので、必ず、事前にお問い合わせください。

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マスク 

 今日、シトロン・サレというフランス風のカフェでランチをしていたら、隣の男性が急に断りの電話を始めた。「ほんとうは参加したかったのですが、いま倒れるわけにいきませんので、今夜の会合は欠席させてもらいます」。どうやら大阪での集まりだったらしい。そこまで心配する必要あるのかなーとも思うけれど、なんとなく不安なのは分からないでもない。

 ブタインフルエンザが大阪でも発生したという日に、大阪の茨木市から日曜礼拝の参加者があった。電車の中はマスクだらけだったという彼女も、マスクをしていた。神戸-大阪-京都はJRや私鉄で緊密に結ばれている。実際、ぼくたち家族にしても、北米から帰国した人や神戸の人にも会っている。いまの時代、人の流れを完全に遮断するのは無理な話だ。

 映画館に入っても、いつより客が少なめの気がする。それに、高齢の人にマスク姿が多いのと、みんなわりと離れて座っている。近くで咳でもされると、大丈夫とは分かっていも、ちょっと気持ち悪い。そういえは、永代経のあとから連れ合いも、事務所のTさんも、ブタではなく、風邪なのだろうが、コンコンとやっている。連れ合いは、いつもの風邪と違う症状で少し寝込んだ。たったいまも、食事を作りながら無神経(エチケットのないという意味)で、コンコンとおかしな咳をしている。この時期、へんな咳やくしゃみをしようものなら、すぐに「ブタか?」とからかわれる。「トリ」ならまだしも、よりによって「ブタ」ですか。「ブタ?」と聞かれて、表現で傷つく体型の人もきっといるな(大きなお世話や)ー。

 もちろん、商売を企む人もいる。「緊急案内」として「新型インフルエンザの広報、音声情報案内」を勧めるFAXが届く。ちょっと前には、『感染列島』というつならなさそうなパニック映画のチラシと共に、危機管理の提案というセールスがあった。マスクや簡易トイレ、避難用テントなどの売り込みだ。でも、全体からみると、経済効果はかなりのマイナスになるだろう。

 ぼくは、いまのところマスクは不着用。でも、カバンの中には、その時の見本用のマスクをしのばせて、映画館に通っている。きっと、電車に乗るときは、着用するだろう。これだけ騒がれると不安な気は確かにするからだ。

 でも、一方で、その過剰な反応ぶりが異常な気がしてならないのだ。誰かが、不安を煽っているということはないと思いたいが、抗菌や除菌だらけの超清潔大国のぼくたちのこと。これで、もし死亡者でも出たら、間違いなく責任者は追求され、風聞被害などのパニック状態にもなりかねない勢いだものなー。ブタより、そのほうが怖いなー。

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花祭り

  1ケ月以上遅れてでの華光日曜礼拝の「花祭り」だ。4月8日に花祭りの記事を書いてるので、それもまた参照してもらえばいいだろう。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-eb25.html

 5月に開くには、それになりの理由があった。
 4月8日は新学期が始まったばかりで、卒業生や新入生の出入りが多く、メンバーが入れ代わる。まだ、日曜学校と言われていころは、人数もたいへん多く、入学や進級の行事もやっていた。それに、ぼくが先生役の時には、花祭りなどの主な行事には、80、90名以上の子供が参加してくれた。普段でも、30、40名の常連がいたので、2ケ月前から、アトラクションの準備に入るのだ。先生はもちろん、子供たちも、低、中、高の3つのグループに分かれて、人形劇や影絵、歌や演劇と、学芸会並に頑張ったのがそれで、5月の連休明けの日曜日にお釈迦さまのお誕生をお祝いすることになったのである。

 最近は、地域で、子供たちが急激に減少したこともあるが、学習塾やスポーツ教室も忙しく、それも昔のこととなった。

 それでも、今日は、総勢40名ほどの参加があって、なかなか賑やか。

Img_5793  1年に一度、日曜礼拝でご法話を担当することになっている。

 インド仏跡を回ったので、子供用に30分程度にスライドを編集し直して、法話とスライドを合わせてみてもらうつもりでいたが、七歩の保育園の関係の子供たちが多くて、勤行のあと、態勢を崩すと、ちょっと騒がしくなる恐れがあったので、幼児に退屈に思えたので、今回は当日の朝、止めることにした。子供の半数以上が、かわいい保育園児なのだ。

 シンプルにお釈迦様のお誕生の逸話をお話をした。特に、せっかく裕福な王子様に生まれたのに、すべてを捨てて、出家されたののは何故なのか。それが、お誕生の時に、七歩の歩みに深い意味がある。もちろん、六道を出る。目に見える世界だけがほんとうのように思うけれども、心眼で見える化生世界もあるのだ。その迷いの世界を、昿劫より経巡ってきたのである。その迷いを一歩出る。その一歩みに深い意味があるのである。

 法話のあとで、時間が少なかったが、大人の座談会にも出席した。ゆうこの大学院の関係の学生が3、4名に参加してくれたり、仏青の若手も多い。将来、僧侶になり、寺院を継承するであろう彼らの聞法観、寺院観や心境に対して、祖母世代の方が、「おばあちゃんからの苦言」を呈してくださったのが、有り難かった。 

 せっかく、仏法に出会った、お聞かせに預かっているのだ。なんとなくわかるのでも、癒されるのでも、ただ有り難いのでもなく、ここの水際をしっかり聞かせてもらわないと、いつのまにか、じんわり有り難いものだけを、勉強して覚えた教学だけを、取り込むだけの聞法では、けっきょく、「決定」する変わり目がぼやけるばかりだ。

 そして、知らぬ間に、伝道や布教、門徒の教化こそが、僧侶やお寺の役割、最重要課題にすり変わっても、まったく疑問とはならない。周りの寺院との付き合い、檀家との付き合い、葬儀屋との付き合いなどなど、寺院経営も、それなりに尊く、また同時に世俗的な苦悩も大きいからだ。

 でも、問題はそれ以前のところである。よくよく考えれば、「僧侶である、大学院で専門に勉強した、寺院に生まれた」以前に、まず迷いの凡夫として人間に生まれたきた以上、一個の迷える凡夫として、頭を垂れて道を求めていかねばならないのだ。そして「求」める以上は、わたしの上にはっきりと「成」る境地が実現することを教えていただくのである。そうぼくが明言できるのでは、一重に、その道を先に歩く先達に出会わせてもらい、そこひとつを懇ろにご教示いただいたおかげにほかならない。

 華光でご聴聞していると、至極、当たり前のことであるが、残念ながら、一般のご門徒やお寺さんには、ここにもうひとつ、「ほんとうなのか」という警戒心や、「他力なので求める必要はないのでなはいか」「わかったのは自力ではないか」といった疑念、さらには「一生ハッキリしないまま、聞いていくのが真宗だ」などなどの迷いで、自己の後生の解決に心を定めて聞法する以前のところで、戸惑い、悩んでいく方が多いのだ。(かなり真面目な方だけれど)

 それが、いま、「求」めれば「成」る世界があるぞと、実際に喜んでいる人達に出会うという大宝が目の前にしたのだ。ここで退いたら、あまりにも勿体ない。

 先生方の楽しい劇を見たあとで、慰労会兼懇親会にも16名の参加者があった。ここ数年とはがらりと違った顔ぶれの人達だ。大方が、これからご縁を結んでいこうという人達かもしれない。

 しかし、この先は、面々の御はからいで、どう進むかはまだ定かではない。

 ともすれば、なんとなく楽な方向へ、安易な安定の方向で、真宗寺院の大方は年を経てきた。その意味で、将来ある若い僧侶たちが、ここに疑問をもち、自身の後生の一大事として求道することに心を定めてくれることを念願してやまない。求めれば、必ず得られる境地がある。それが人ごとではなく、わが上に実現してくる。たとえ雨夜の星のごときであっても、そのひとりひとりのめざめの連鎖にしか、真宗の未来はないと思っているのだ。 

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鑑真和上

 「若葉して おん目の雫 拭はばや」

 俳聖芭蕉が鑑真和上に対座したのは、和上生誕千年の年に当たるという。それから、320年がたった。ぼくはアクリルガラス越しに、和上の正面に立った。

 ほんの短時間だが、他に拝観者はいない。

Ph_01  脚上に禅定印を結び、結跏趺坐として静座されるお姿は、対峙するものを包み込む。深遠で、静寂そのもののお姿。それにしても、この圧倒的な存在感をなんと表現すればいいのだろうか。胸が熱くなる。いまなお、その感銘が蘇るほどだ。

  他にも『国宝・鑑真和上展』のことで触れたかったが、この日本最古の肖像彫刻にして、最高傑作を前に、圧倒された。

 それで、図録の解説などをもとに、和上の渡日を中心にその功績を簡単に記すことにした。

 日本から留学僧、栄叡と普照から、授戒大師としての渡日要請を受けた和上は、弟子たちに問いかけた。しかし、誰も渡日を承諾しない。すると、和上は、
 「これは法事のためなり。何ぞ身命を惜まん。諸人ゆかずば、我すなわちゆくのみ」と、喝破し、自らの渡日を決意される。国法を犯し、命をかけての強い決意は、すべて正法弘通のためであった。

 最初の渡海企図は、743年夏のことだが、彼の身を按じた弟子の偽の密告により、日本僧は追放されて、失敗する。

 第2次は、744年1月。周到な準備での出航だったが、激しい暴風に遭い、一旦、明州の余姚へ戻らざるを得なくなってしまった。

 再度、出航を企てたが、やはり鑑真の渡日を惜しむ弟子の密告により、栄叡が逮捕され、第3次も失敗。

 その後、江蘇・浙江からの出航を諦め、福州から出発を計画する。この道程での雪中行の天台山参拝は困難を極めたという。しかし、この時も弟子が、安否を気遣い渡航阻止を役人へ訴え、第4次も失敗。

 748年、栄叡が、またも鑑真を訪れ懇願。鑑真は5回目の渡日を決意する。
 6月に出航。舟山諸島で数ヶ月風待ちした後、11月に出航。しかし激しい暴風で、14日間の漂流の末、はるか南方の海南島へ漂着。台湾を超え、ベトナム近くまで流れたのである。しばらくかの地に留まるも、この帰上の旅は過酷で、途中で栄叡が死去。鑑真自身も両眼を失明(完全に失明しなかったという説もある)。

 度重なる密告と弾圧、そして悪天候と過酷な道程。しかし彼の渡日を果たす決意は変わらなかったが、時の玄宗皇帝は彼の才能を惜しみ許可をしない。そのため、753年に遣唐使の帰日には、同乗を拒否されるが、密かに乗船し、6度目の渡航。またしても暴風が襲い、大使船は南方まで漂流したが、彼の乗船した副使船は、沖縄、奄美や屋久島も経由して、12月20日に薩摩坊津に無事到着した。

 苦難の6度に渡る渡航、実に12年の歳月を経ていた。時に和上67歳。授戒大師として、仏舎利を携えての悲願の訪日だった。

 そして、東大寺で、上皇から僧尼まで400名に菩薩戒を授け、日本の登壇授戒がここに本格的に始まる。東大寺戒壇院が生まれ、その後、東西に、大宰府観世音寺及び下野国薬師寺に戒壇が設置されて、戒律制度が整備されていく。
 日本国での仏教(正法)繁盛の礎が、ここに築かれるのである。

 ここまで書くと、学生時代に読んだきりの、『天平の甍』を再読したくなった。

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まずは興福寺へ

Img_5768  夕方から奈良へ。

 お目当ては鑑真和上である。

 だいたい、京博にしても、奈良博にしても、仏教関係の特別展は、混み合っている。土・日曜日は当然のことたが、平日も団体客が多い。鑑賞するより人込みで疲れてしまうのだ。でも幸い、金曜日だけは、通常の17時の開館が2時間延期されて19時まである。ここが狙い目だ。付近のお寺は、大方17時までに拝観が終わる。団体客も16時までには引き上げていくのだ。

Img_5753  奈良に16時すぎに到着。近鉄1本でImg_5754 行けて、急行でも45分だ。

 まずは、駅前の行基菩薩像を拝む。ここが、奈良イチの待合わせ場所。なんとも不思議なモニメントだ。

 平日なのに予想以上に観光客が多い。修学旅行か遠足か、学生ばかりだ。でも、みな駅やバスに向かっている。ひとり、人込みと反対に歩く。5時まで、少し時間があるので、興福寺を拝観することにした。何年ぶりかと調べたら、もう10年前になる。興福寺会館でに開かれた「仏教・心理療法」のシンポジウムに参加して以来だ。

Img_5765  興福寺は、南都六宗のひとつ法相宗の大本山で、唯識を根本教学に、倶舎も收める宗派だ。 

 興福寺貫長の多川俊映師の『唯識十章』は、難解とされる唯識を、一般の人にもわかり易く解いた良書だ。この人の発言や言葉は、常に光っている感じがする。何かはっきりと見えているものがあるのだろう。でも、上には上があって、その本の編集者だった、岡野守也著の『わかる唯識』には、史上最もわかりやすい唯識=仏教の心理学入門とオビがついている。唯識に関心ある一般の人はこのあたりから初めて、太田久紀著『仏教の深層心理』に入ると分かりやすい。これはいまはオンデマンドで入手できるが、少々割高だ。いずれも入門書以前のものだが、別に専門に研究しないのならまずは充分だ。関心があたら、専門書に進んでいけばいい。ところで、この多川=岡野のラインがあって、「仏教と心理学・心理療法」の集まりが、興福寺会館を会場になったようだ。いまこの集いは、創立されたばかりの『日本仏教心理学会』へと発展している。かなり横道に逸れた。

 その多川師のお勧め拝観コースということで、興福寺を回ってみた。

Img_5774  まずは、猿沢池から、五重の塔を眺める。

 「手をうてば、鯉は餌ときき、鳥は逃げ、女中は茶と聞く 猿沢池」

 単純な手をたたくという動作から生まれる音なのに、それを受け取る個体的な条件の違いにって、意味が随分異なるわけで、私達の認識も、実は外界のありのままの丸写しではなく、その心のありように即して、外界が認められるのだという、唯識の考え方を表した歌だ。

 確かに、このあたりは旅館や茶店も多い。池には、鯉も、鳥も、そして亀もいた。Img_5770  
  このあと、五十二段(仏への階位ですね)の階段を上り、三重の塔、北円堂(ここの無着、世親(天親)菩薩にもお会いしたい)などを通って、東金堂を拝観。拝観者が誰もなく、薬師三尊に、
Img_5766文殊、維摩、そして四天王や十二神将像をゆっくりと拝ませてもらった。ただし、国宝館は、今日はパス。阿修羅像なとの八部衆や十大弟子は、ただいま東京へ出張布教(興行?)中なのである。 

 と、まあ呑気に興福寺を楽しんでいたが、世が世ならこうもいかない。興福寺といえば、元久二(1205)年に、貞慶が草案した『興福寺奏状』を思い出す。彼は、明恵上人と並んで、旧仏教側からの専修念仏の批判の急先鋒に立っていたのだ。

 「興福寺奏状」では、法然上人の念仏の教えには九つの失があることを述べて、朝廷に仏敵として処断するように求めたのだ。

 第一に、新宗を立つる失、 Img_5758
 第二に、新像を図する失、
 第三に、釈尊を軽んずる失、
 第四に、万善を妨ぐる失、
 第五に、霊神に背く失、
 第六に、浄土に暗き失、
 第七に、念仏を誤る失、
 第八に、釈衆を損ずる失、
 第九に、国土を乱る失の、九つである。

 これが、承元(1207年)の法難となり、念仏停止(ちょうじ)、法然、親鸞聖人の流罪へと繋がるのである。ご本典の後序に「興福寺の学徒」、歎異抄の流罪記録では、「興福寺の僧侶、敵奏の上…」と出て来るあれだ。

  横道にばかり逸れて、肝心の鑑真和上のところにまで辿り付かなかった。(つづく)

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『レイチェルの結婚』

 『レイチェルの結婚』。これは面白かった。見どころもたくさんある。

Rachelkekkon_01  カメラワークも、役者のセリフもとても自然で、編集もかなりラフに仕上げている。まるでドキャメンタリーか、ホームビデオを見ているかのよう錯覚をおぼえるシーンもある。

 郊外で裕福に暮らすある一家の結婚式の前後を、家族の日常の出来事を切り取った作品。結婚式という人生最大のハレの舞台も、所詮、悩み多き日常生活の延長であり、むしろ日頃の問題がデフォルメして表出してくるのかもしれない。そして、その宴の後も、終わりなき日常は続くのである。

 しかし、この日常が普通でないのだ。タイトルにある結婚するレイチェルが主役ではなく、その妹で、薬物中毒のキムアン・ハサウェイ(アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされた名演)が主人公。これがたいへんなのだ。心の病や薬物やアル中に対して、常に家族は温かく接し、支えるのは当たり前だと、言うことは易い。でも、愛とやさしさ、憎しみや悲しみが常に交差しあい、彼女も、周りもクタクタになっていく。まさに家族には修羅場の連続だ。見えそうで見えない出口を求めて、ただ接し続けねばならないのだから。

 物語は、姉レイチェルの結婚式に出席するためキムが、薬物治療の施設から出所するところから始まるが、精神的に不安定な彼女は、ちょっとして態度や言葉に敏感で、すぐに傷つき、家族をも傷つける厄介な存在だ。みな、腫れ物を触るかのように彼女に接している。特に、やさしく食べ物のことで気づかうしかない父親の姿が、なんともいえない。    

 ドラッグ中毒の彼女は、場所も考えず煙草を吸いまくり、汚い言葉を発してブチギれる…。レイチェルの結婚を祝うため集た人々とのディナーの席でも、ひとり斜に構え、みんなを緊張させている。次ぎの瞬間には、ブチギれて、何か厄介を起こすのではないかという緊迫感を常に醸し出しているのである。それでいて、「こうなったのは家族のせいだ」と、心の傷を家族に転嫁し、「孤独」を嘆き続けている。当然、家のなかに彼女の居場所はない(と自分自身で決めている)。まったく自己中心の極みであるが、それでも、家族への反発の裏には、愛されたいという強い甘えが交差していて、見るものの心まで痛々しくするのである。

 そして、物語がすすむ内に、レイチェルも、父親も、再婚した妻も、そして、いまひとりで暮らす実母(デブラ・ウィンガー)にも、そして二人の離婚の原因も、彼女が引き起こした一家に襲った悲劇の事件の癒えない傷を背負い続けて生きていることがわかる。みな悲しい人々なのである。登場することはないが、家族の心のなかにすむこの亡霊こそが、家族をバラバラにし、ある意味つなぎ止めているのかもしれない。これが何かが少しずつ明らかになるところも、とてもよかった。

 家族の辛辣な緊張を容赦なく描く一方で、並行して結婚を祝うためのパーティー描写もかなり時間が割かれている。普通の映画なら、ここでの余興はワンポイントか、添え物にすぎないのに、温かく、またウィットに富んだコメントと、実際のミュージシャンが歌い、演奏し、そして楽しくダンスに興じていく。ここも、丁寧な描写というより、ラフなカメラワークと編集で、まるでその場に参加しているかのような錯覚をおぼえさせる。インド人との結婚式での風習や、民族音楽、ダンスなども楽しめるのであるが、この多種多様性もまた、現代のアメリカを象徴している。

 リアリティのある深刻で殺伐とした不協和音の家族問題と、結婚を祝福するための集いでの楽しく多彩な音楽。一見、水と油のような違和感も感じつつ、この水と油のままで、同居する不思議さを味わった。

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『花の生涯~梅蘭芳~』

 チェン・カイコー監督の『花の生涯 梅蘭芳』を見る。特別興行で、ファーストディーも割引対象にならず、2,000円。チェン・カイコーは好きだったが、巨匠になって、俄然、つまらなくなった。悪いがこの値段では見に行く気になれないでいた。ところが、劇場が変わり、扱いは同じものの、会員だけ通常の1,000円でいいというのだ。あいかわらず安いのものには弱い。

Hanashogai_01_2    伝説的な京劇の女形の第一人者、梅蘭芳(メイランファン)の半生を実話に基づいて描く、いわば伝記映画だ。華麗な京劇の世界が堪能出来る。
 時代は、清朝末期から中華民国への激動の変革期。たびたび京劇のパトロンだったろう西太后の名がキーワードのように登場する、そんな時代だ。天才女形の梅蘭芳は、京劇の伝統に、新しい作風や思想を取り入れ、時代の寵児となる。まさに、時代の勝利である。国内はもとより、アメリカ興行も大成功を收め、絶頂期にさしかかっていた。しかし、日中戦争が激化するなかで、彼の苦悩は深くなっていく…。Eefc8033db52d3dff2d7aea16d72b731

 それにしても、華麗な舞台の映像美、京 劇の世界の一端は、充分に堪能できた。これだけでも、確かに価値はある。特に青年時代の彼の舞台での所作や歌の姿は、ほんとうに華麗そのもので、美しい!

 しかし、華麗な映像に比べると、どうも話が薄っぺらい気がしてならなかった。人物の描き方が中途半端というか、心理描写が表層的すぎるのだ。彼にかかわる人々がもの分かりが良い、立派な人ばかり登場する。敵まで彼の理解者である。たとえば、伝統を重んじる京劇の束縛に新風を巻き込もうと、偉大な師匠と舞台での対決し圧勝するが、破れた伝統派の師匠も至芸の名人で、最後は人格的にもすばらしい人物として描かれる。彼に京劇の未来を、役者の地位向上を託して絶命するのだ。また、侵略の果てに彼を利用しようとする日本軍の担当者までが、彼の熱烈な理解者だったりする。

 日頃はギスギスしあう妻も、彼が唯一心を許したチャンツィイー演じる愛人(こちらは男役専門の花形スター)との別れにしてもそうだ。そして彼の舞台に一目惚れし、司法長官の地位まで捨てて、義兄弟の契りを結び、彼の後ろ楯として、公私に最大の影響をあたえる男もまた、自らの人生を投影して彼に一生を捧げる師との関係もそうだ。平板で、どこか面白みにかける。

 チェン・カイコーには、同じ京劇を扱った傑作『さらば、わが愛/覇王別姫(はおうべっき)』という完成度の高い作品がある。わが家では夫婦ともども大好きの1本。宣伝では、その『覇王別姫』を超える最高傑作とあったが、残念ながらまったくそうは思えない。人間の業といってもいい愛憎違順しあってもつれあうような愛と、悲しみ、憂いには、遠く及ばないからだ。

 実話にもとづく、実在のスターによる京劇の改革や海外公演の成功などの功績(「覇王別姫」も彼の創作作品だ)ばかりが目立ち、常に、成功、成功の連続。しかも、周囲の人物だけでなく、彼も常に穏やかで、円満で、品格のある人格者として描かれ(確かに孤独や小心者の面もあるが表面だけ)、凡庸な感じがしてならない。

 実際、映画は、戦争のために疎開先から、北京に戻った彼を、7万人の群衆が迎えたというところで終わるのだが、その後の彼は、共産党の支配の中でも、第一人者として君臨しつづけ、海外公演も好評で、世界の芸術家や役者に影響を与え、政治的にも全国人民代表にも選出されている。しかも文化大革命の悲劇を知らずに没しているという。

 なにか、普通の映画評のようになったなー。

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懇ろなご教示

 今月の伝道研究会は、テキストにはあまり進まず、永代経法座の感想や問題点などの分かち合いの時間をもった。いろいろと振り返る内に、ある言葉が浮かびあがってきた。

 その永代経で、司会役の方が、「悟朗先生から阿弥陀様のお心、大悲のお働きについて、懇ろにご教示をいただいた」ことの尊さを語ってくれた。そのときの、「懇ろに」という言葉が新鮮に響いてきた。

 「阿弥陀さまのおこころを聞く、聞く」と簡単に使うけれども、自分の経験や知識でした理解出来ず、自分中心にしか聞けない、しかも鷹揚に、大雑把にしか捉えられない、無明の私めがけて、先達の口を借りて、繰り返し巻き返し、繰り返し巻き返し、しかもどこまでも大切に大切に、懇ろに阿弥陀様のお心を教え、お示しいただくくご縁がなければ、またそういう善知識に出会うことがなければ、絶対にそのお心が聞けるはずはなかったのである。

 にもかかわらず、阿弥陀さまのお心は言うに及ばず、目の前の懇ろなご教示すらも、当たり前のこととして軽く軽く考え、それを自分の頭で理解しようとしたり、自分の聞き方や感じ方だけに焦点をあてて、それが聞法の大問題だと錯覚しているのだ。それが、私の轉倒した、愚かな迷いの姿なのである。しかし、そんな轉倒した自分に焦点は当たらず、何か聞き方の誤り程度だと理解して、修正することに躍起になっているのである。

 「阿弥陀様のお心を懇ろにお教えいただく」。

 ほんとうは、そのことが身に余るほど幸せなことなのである。

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念仏循環

  永代経法座のあった週末は、華光会館の輪読法座と、広島支部法座が続いた。

 広島では、永代経法座でのご法話をもとに、多少、加えたり、はしったりの加減をして、お話させてもらった。

 ならば、永代経法座のご満座のような法話になったかというと、やはり、それは一回、一回ごとに違う。会場も違えば、聴衆も違うのである。

 一度かぎりのライブ感、緊迫感も大切だし、2度、3度と重ねるうちに、話す要点も明確になり、より煉れてきて、うまく伝えられる時もあるが、やはり法話もまた生きものなのである。

 たとえば、会場。みんなが机の前に、かしこまっていると、ちょっとした講演会か、勉強会のような風情になる。子供が騒いだり、出入れが激しいと、みんなそのことに気を取られることもある。
 その点、華光会館の道場ほど、ご法話がやり易い場所はない。
 華光同人の念力で荘厳されているのだから。

 そして、説き手の体調や心境も影響するが、聞き手の姿勢や態度もかなり大切だ。普通に考えてもらえればいいが、たとえば、義理参りで、最初から私語があったり、居眠りばかりのところで、熱のはいった話をするのはちょっと難しいだろう。

 もちろん、広島の方々は、熱心に集中してご聴聞してくださる。けっして、居眠りもしない……というとウソになる。次ぎの座談会に備えて、法話でリラックスして体を休めるもの大切だものー。

 それはともかく、皆さん、熱心に皆勤され、真面目に聞いてくださるのはとても有り難い。ただ、ちょっと自分の信仰(もしかすると自分自身に)自信をもてないのか、それとも、奥ゆかしく上品なのか、相対、遠慮がちで、大人しめの方が多いようだ。でも、それを差し引いても、ちょっと足りないなーと感じているものがある。

 それが、法座の最中のお念仏の声である。

 これまで別院の法話や勉強会にかなり熱心だった方が、いま常連で参加してくださっている。その方が、華光会の法話テープを注文されて、今回、一言おっしゃった。先生方の熱のこもった法話もそうだが、それ以上に、聴衆の皆さんの念仏の声が響いていることに、驚かれていたのである。今回の永代経にしても、皆さん方の称名念仏の響きに、大いに励まされてご法話をさせてもらえたというのが、正直なところである。

 これには、外の会場という制限もある。高山や日高支部のような家庭法座で、しかも昔からの法座の伝統のある地域と、東京支部のように、外の会場で、雑多な人達が集う場所での制約もあろう。半日の一座だけの法座と、3日間のご満座の法座というのも、大きく左右しているのも事実だ。それにしても、泣き声はあっても、お念仏の声はあまり大きいとはいえないのは、やはりお育てのせいではないだろうか。

 コミニケーション・ダンスということを聞いたことがある。カウンセリングでも、聞き手と、伝え手のコミニケーションがうまくいっているときは、お互いの体が(小さな部分が)共鳴しあって、それをビデオで分析すると、さながら息の合ったダンスを踊っているかのように見えるのだそうだ。コミニケーションとは、単なる言葉のキャッチボールではないのである。

 それは如来様と凡夫の上でも同じである。
 仏法讃嘆のコミニケーションの媒体となるものが、念仏の声なのだ。この如来招喚の勅命は、親が子を呼ぶ大悲の呼び聲であると共に、子が親を慕う声でもあるのだ。

 有り難いにつけ、尊いにつけ、はずかしいにつけ、また何もないにつけて、わが声帯を震わせ、お念仏をさせてもらう。そして、そのお念仏をまたわが耳でお聞かせに預かり、また声に出して称名させてもらう。念仏の循環である。

 臭い、臭い煩悩具足のこの身に、勿体なくもお念仏が薫習(くんじゅう)される、匂いづけさせてもらうである。

 まさに、称名念仏に育てられていくのだ。

 「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」

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尊いご催促

 輪読法座は、人数は少なかったけれど、永代経法座当番役の京都支部や大阪の方ばかりだったので、かなり詳しい感想や味わいが出て有り難かった。ちょっと心境が開けてきた方や、聞き方が変わった方もあったようだ。もちろん、これまで同様、頭を抱えている方もあり、その心境はさまざまである。また、ご法話や信仰座談会だけでなく、お世話役の当番ひとつでも、さまざまな味わいがあったようだ。同時に、人間同士の葛藤や軋轢を感じた方がおられたという話しも少し耳にした。

 確かに、仏法のお手伝いとはいえ、我良し、我が身かわいいの我執いっぱいの凡夫同士の仕事である。3日間のお手伝いは、きれいごとだけではすなまい。熱心なあまりいろいろとぶつかることもある。それとて、実際に法座に出、そして身をかけて聞かせていただいた証だからこそ、尊いとも思える。

 ただし、自分の思い通りならなかったといって、そのことで怒り、苦しみの煩悩に覆われて、その自らの怒りや愚痴を持て余して、周りの人にまき散らし、結局、自らも、そして他をも傷つけるだけに終始するのでは、あまりにも寂しすぎる。

 だって、共にこれ凡夫のみだもの。

 もちろん、仏法や念仏は自らの煩悩を浄化する道具ではない。また、煩悩具足の身をきれいにする必要もない。そこに力を入れたり、賢善精進の相に気付かず、自らのを知らぬ間によしとすることほど、恐ろしいものはない。

 とはいっても、造悪無碍のように、「それもお許し」「愚痴が凡夫の姿」と、まったく三毒の感情や煩悩のままに、口に出し、振る舞うことが、如来様のお心にかなっているとはけっして思えない。親鸞さまが戒められているとおり、万能薬があるからといって、好んで毒を飲むことはないのである。

 「機を見れば どこをとらえて 正定聚
  法にむかえば うれしはずかし」

 せっかく、尊い御名をお聞かせに預かったのである。ただ自性の煩悩に100%覆われ、捕らわれて、一喜一憂し終始しているだけでは、勿体ない。ましてや、念仏が響き渡る尊いみ仏の御座に連ねさせてもらったのである。もし、ご法に向い、お念仏に向かったならば、他人のことではない。まさに、この我良しのわが身こそが、実は虚仮不実の姿だったと知らされたならば、ただご法の尊さ、有り難さを仰ぐばかりではないだろうか。

 常に、いま、いまのところで、ご法を仰ぎ、法に帰らせていたたく。もしそうならないのなら、かびのはえた過去形の喜びに固執し、自力建立の信を握っているのではないかと、お互いが我が身の信を振り替えてみる、実は尊いご催促ではないだろうか。

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『風の馬』

Img_5746   みなみ会館は、「タルチョー」、つまり五色のチベット仏教の旗で飾られていたが、インドやネパールの仏跡地でさんざん見てきた、あれだ。ある人が、「仏跡地は、何もImg_4843 チベット人のものだけじゃないのに」と愚痴ておられた。たしかに、う んざりするほど無数にはためき、はた迷惑な話だ。また同じだけの多くのチベット僧にも出会った。(上は、ブッタガヤ)

Img_906_2  ちなみに、五色は、青・白・赤・緑・黄で、それぞれが天・風・火・水・地の五大を表現している。経文が書かれている場合は、風に靡くたびに読経したと同じ功徳があるのだそうだ。また、別名は風馬旗とも言うわれ、風の馬が描かれている場合は、「ルンタ」と呼ばれて、仏法が風に乗って拡がるよう願いが込められている。(左は霊鷲山、クリックすると小さいですが、馬の絵のものがわかりますね)

  それがこの映画のタイトル『風の馬』である。ただし、映画では、布ではなく、馬の絵の紙だった。

 映画自体は、稚拙な内容で、VTRということもあって映像が安ぽいし、音楽も、演出も古い。悪いが、安物のテレビドラマという代物である。というのも、この前に、ソクーロフ監督の『チェチェンへ~アレクサンドラの旅』という、チェンチェン問題を扱ったきわめて完成度の高い芸術作品といっていい作品と2本続けて見たので、その落差を感じたのも事実だ。

Kaze  しかし、これが、1998年に、チベットのラサや隣国ネパールで、監視の目を潜りながら撮影されたという政治的意義はある。時折、映像がラサの風景を映し出すが、実話をもとに、中国政府が、チベットの文化、民族、そして思想や信教までも不当に蹂躙し続けている弾圧下のチベットの現状の一端を垣間見ることができるのである。

 舞台は1998年、チベットの首都ラサ。幼少期に、田舎の村で、無惨にも祖父を虐殺された兄妹と(ドルジェとドルカ)と、従妹のペマ。成長し、いまはそれぞれの人生を歩んでいた。地元のディスコの歌手とあって妹のドルカは,将来有望な共産党員の漢人の恋人の援助で、 夢を実現させていく。しかも、その漢人とチベット人の恋をブロバガンダに利用しようと企む党幹部の肝入りで…。一方、兄のドルジェは、定職もなく、酒に溺れ、退廃的な日々を過ごしていた。従妹のペマは尼僧として、僧院で修行に励みながら、チベットの現状を外国にも伝えようと考えていた。

 これが、いまのチベットの若者の現実だという解説があった。地下に潜り命懸けの独立運動を行なうものもいるが、中国語を習得し同化しようと勤め成功する現実主義的な若者もいる。しかし、大方は、中国への同化を嫌悪しながらも、表立った抵抗運動はできず、しかもうまく定職が与えられず、頽廃的に暮らす若者も多いというのである。

 天に手が届きそうな紺碧のヒマラヤの山岳地帯。人々は、祈りを書き込んだ「風の馬」という紙を風に乗せる。中国の侵略を受け、風の馬は力を失ったとのか、という兄ドルジェの嘆きから映画はスタートする。仏教をすべての中心にすえ、平和に生きようとするチベットの人達を、軍事力や暴力で同化させ、チベットの中国化を既成事実にしようとする中国政府の強大な権力の前では、無力のように思える。しかし、彼らは決してチベット人の誇りも、その信仰も捨ててはいない。その魂(スピリット)は死なないのだという力強い声が、最後の答えだ。

 しかし、中国政府は、その信仰の無力化をはかるために弾圧を繰り返す。反革命分子としてのダライ・ラマの写真を禁じ礼拝はもちろん、その名を口に出すだけでも罪、それどころか彼のことを考えることも悪だという通達をだす。まさに、思想や信教の過酷な弾圧が、仏教僧院を完全に支配するのだ。

 ある日、尼僧のペマが、ラサの街角で、「チベットに自由を」と叫んだことから、たちどころに警察に拘束される。いたるところに監視の目が光り、監視カメラで管理されているのである。警察でも信念を曲げない彼女は、同じチベット人に公安によって拷問を受け、瀕死の危篤で釈放される。ドルジェの家族が、彼女を引き取り看病する。このことが、兄弟のように育った兄妹を結束させる。死期を悟った彼女は最後の力を振り絞り、知り合いの観光客の米国人にビデオカメラに恐ろしい現実を証言する。果たして、テープは無事に、国外に持ち出すことが出るのだろうか。

 中国政府は、偽りの信教の自由をかかげ、中国に同化しないチベット人には、圧倒的な軍事力と暴力によって、その思想、信教という人の心を徹底的に弾圧しようとするのである。恐ろしいことに、中国に従順なチベット人を優遇することで、同胞の密告者となり、取り締まり、拷問するのも彼らの役割にして、同胞同士で潰し合いをさせるという狡猾な取り締まりを行う。一方で、盛んに漢人を移住させて支配させ、なし崩し的にチベット文化(信仰)を中国化・無力化しようとするのである。一度、弾圧された人たちには、チベットには居場所はない。一か八か、命懸けで、徒歩での過酷な峠越えを試み、ネパールやインドを目指すことになるのだが…。

 チベット動乱50周年の今年、関連の書籍や音楽、映画も次々と上映される。これからもしっかり関心を持ち続けていきたい。

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「ヒマラヤ国際映画祭」

   昨秋、東京で「ヒマラヤ国際映画祭」なるものが、2006年に続き2度目の開催をされた。ラインナップは、ヒマラヤ山脈の面する国や地域-チベットやネパール、ブータン、インドや中国などの諸国の映画や、その国をテーマにした、環境、政治、人権、文化などの60分以内のドキュメンタリーが中心。

〝地球を考える ヒマラヤから考える〟をコンセプトに、ヒマラヤの尽きせぬ魅力に加え、民主化、紛争、チベット問題まで、世界各国の秀作ドキュメンタリーを幅広くお届けします。映画の舞台は、ネパール、チベット、インド、ブータン、パキスタンに及び、さながらヒマラヤの雄大な自然と人が織り成す壮大なドラマを体験することができます。

Hima というのが、映画のコンセプトだ。たしかに、自然や 環境問題を考える上でも、紛争や人権問題を取り上げても、ひとつの指針になる地域だ。しかも、文化部門には、「怒れる僧侶」、「チベットの高僧」、「尼僧の智慧」、「ブータン~幸福の中道を行く~」などの仏教を材料にしたものも多い。もっもと、かなりマニアックなもので、さすがこんな企画で集客できるのは東京だけだろうと思っていたら、「west japan 2009」と題して、京都でも開催されることになった。しかもGW上映である。

Img_5776_3  ヒマラヤを遊覧してきたぼくにはグットタイミング。ちょっとその時の様子を写真でおすそ分けしましょう。陳腐の表現だが、息をのむほど美しかった。世界最高峰のエImg_5752ベレストも拝ませてもらった。ちなみに、そのときの航空会社は、「Buddha Air」! エベレストを拝んだというベタな証明書まで発行してくれる。〝I did not climb Mt Everest  but touched it with my heart!〟の文章もウィットに富んでいる。(下の二枚の写真、クリックしてみてください。きれいですよ)

Img_5766_3 京都みなみ会館に赴く。誰も客が入らないのじゃないのかという思いとは逆に、整理券が配られている。チベット問題、案外、関心がもたれているようだ。この間、映画館は正面玄関から、「タルチョー」、つまり五色のチベット仏教の旗が飾られ、チベットグッズが販売されていた。

 映画館から出て来たら、「先生!」と声をかけられた。マニアック映画で出会ったことあるゼンゼン君だ。「何観るの?」と尋ねると、「チベットの高僧」「死の領域を超えて」などの組み合わせのものだ。さすがは、曹洞宗の(抵)抗僧である。(つづく)

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輪読法座、広島法座と、聖典講座

 永代経法座の余韻が残る中で、もう週末の法座が迫ってます。

 連休で逆にお参りできなかったという方も、この機会にどうぞ。お待ちしています。

1)華光誌輪読法座:5月9日(土)昼1時30分~5時
  会場:華光会館2階道場

 華光誌誌上法話「生きる喜び」を、みんなで味わいながら輪読します。
 けっして、覚えたり、分かるだけの学習会ではありません。身をかけて体験的に聞かせてもらいたいですね。

 ★参加費は無料(おさい銭は集めます)ですが、68-2号の華光誌をご持参ください。お持ちでない方は、ご購入いただけます。(バナーは貼れたのに、うまくジャンプしないので、詳細は、http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/05/rindoku2009-5.htm まで)

2)聖典講座:10日(日)昼1時30分~5時
  会場:華光会館2F道場

  土曜日に引き続いて、華光会館では、増井悟朗先生の詳細な解説による「御文章」の講座です。『御文章』が始まって、もう36回目です。今月は、「三首の詠歌」の章と案内されていますが、前日に、変更があり「御正忌章」になるそうです。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/05/seiten2009-5.htm

3)広島支部法座:10日(日)昼1時~5時
  会場:広島駅から徒歩15分の荒神集会所

  永代経を挟んでの広島支部法座。広島は、今年は特にご縁が深いです。法座案内には未掲載ですが、5月末の3日間は、呉市の本願寺派の寺院布教も控えています。

 ★法話は、永代経法座のご法話の教案を基に、時間切れで積み残したとこを中心に話したいです。テーマは「捨」といか、「放下」するというところでしょうか。

http://homepage3.nifty.com/keko-kai/ivent/2009/details/05/hirosima2009-5.htm

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ちょこっと子供サービス

 GW最終日。

Img_5697 今日は、子供サービスである。

  大きな行事中は、保育園児の下の子は、祝日も休日保育で預かってもらっている。ほんとうは休みなので、ちょっとかわいそうでもある。Img_5685_2

 高速道路の渋滞のピークは、昨日だったようで、渋滞情報を調べる限り、6日は大丈夫の模様。といって、そう遠くは行けないので、滋賀県草津市にある、琵琶 湖博物館と、水生植物園に出かけることにした。普通なら50分ほどの距離だが、帰路は渋滞予測の時間帯にかかるので、帰路のルートも計画して出かけた。

Img_5707   天気は曇り空。淡水魚水族館のある博物館は、屋内でよいが、水生植物園は雨が降られると、ちょっとつまらない。公共施設なので、駐車場は無料。案外、空いていた。

  琵琶湖博物館の淡水魚の水族館もあImg_5703 るが、やっぱり淡水魚だけだと、地味なのは仕方ない。それでも思ったよりも、いろいろな魚がいるのだなー。 どうやら大ナマズが主のようだ。

   途中、雨になったが、それほど濡れることもなく、水生植物園の花たちも色とりどりで美しかった。蓮の花は、仏教にも関連しているので、エジブト遺品、Img_5745 インドの仏教美術とロータスとの関係についての展示もあった。

  帰路は、名神を避けて、京滋バイバスから阪神高速8号線(京都線)で、会館に近い上鳥羽ICまで利用することにした。いつもは、こんな短い距離で利用することは、絶対にない。が、今日は特別。もっとも、京都を通る高速道路は、東西南北どの道を行っても、1000円の除外地域。しかも乗継割引も適用されるものの阪神高速はまた別の扱いで割高になる。結局、走行距離は、40キロ程度なのに、1,150円もかかった。それでも多少は安いが、大都市圏を通過しなければ、500キロ走っても1,000円なのに、ちょっと不公平感もある。でもこのルートなら渋滞はない。特に京都線は車が走っていない。前に1台と、後ろに1台走っていただけで、スーイスーイとあっと言う間に到着。ちょっと贅沢な気分にはなったが…。

  まわりに緑の多い施設で、子供たちも楽しんでいたし、気分は悪くなかった。それでも、やっぱり疲れましたね。まだ、永代経法座の疲れが取れていないようだなー。
  それにしても、色鮮か。

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如来に統一される(2)

 前項の「如来に統一される」のところの補足です。メールで、「その言葉は『仏敵』のどこにありますか」と尋ねられたので、ちょっと一言。

Butteki2  伊藤康善先生の求道物語『仏敵』第九章(3)にある一文。先生が深信に徹底された直後に、あらためて野口道場の念仏者たちとの出会いを称賛されているところである。

 ここでの、「私」とは伊藤康善先生、「よい同行の団体」とは、およし同行が育てた野口道場の念仏者の集いである。

 「 私は思った。仏法は法の威力によって広まるものである。中間の善知識(ぜんぢしき)というものは、月を指さす指として必要であるが、親鸞教が普及した結果、善知識がかえって如来の仕事を邪魔しているのが、教界(きょうかい)の現状だ。教える人が詭弁(きべん)の信仰で固まっていると、教えられる者は詭弁を弄(ろう)することが信仰だと思う。教える人が学者であると、学問的な理屈を並べることが信仰だと思う。教える人が法体募(ほったいづの)りで、法のありがたみばかり説いていれば、そういうことが信心だと思う。また反対に、教える者が罪悪の自覚ばかり言うていると、悪人と知ったのが信仰だと思う。その他、念仏にとらわれ、感情にとらわれ、泣いたのが信心であったり、喜んだのが信心であったり、行儀の正しいのが信心であったりするが、いずれも根本の眼目を忘れている。そうして人の態度や言葉ばかりを批評する。安心や異安心の問題で騒ぐのは、この連中だ。他人から批評されて感情の動揺を感ずるのは、他人の尻をついて歩いているからだ。鶏口(けいこう)となるも牛後(ぎゅうご)となるもなかれ! とは、うまいことを言っている。
 この同行たちは少なくとも鶏口であるが、牛後の人ではない。口々に言うことが違っているが、しかし大きな点は如来に統一されている。他の法席では、如来を見ずに善知識ばかりが見えるが、ここでは知識は見えずに如来ばかりが見える。中心は如来様で、人間の言葉は単なる発声器に過ぎない。如来はこうだとか、ああだとか理屈をこねる人がないだけに、如来様が全体に輝いている。それらの言葉によって自己を証明され、反省され、沈黙のうちに会得する--私はよい同行の団体を知ったと思って喜んだ。」

 そして、この働きそのものを、華光と名付けられたのではないでしょうか。

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如来に統一される

   2泊3日間の永代経法要終わりました。

 いや、こんなに大勢の皆さんが、よくお参りくださいましたね。ほんとうしみじみ思いますよ。

 だって日頃、仕事や家事に勤しんでおられる方にとっては、せっかくのGM。ゆっくりするチャンスだし、家族サービスもあるでしょう。それが、遠路はるばる飛行機や新幹線、乗用車を利用して、渋滞や人ゴミをかきわけてお参りされる。しかもこの3日間は、狭い華光会館で缶詰。ゆっくり休めるような環境でもない団体生活。
 それに、参詣するのも、手ブラとはいかない。交通費に、参加費に、懇志にと、お金もかかる。第一、独り身ならばいいけれど、大方は、家族の理解が必要でしょう。小さな子供さんなんかがいると、けっこうたいへんなんですよね、これが。どんな形であっても、送り出してもらうためには、家族(だいたい連れ合いに)上手を言ったり、ごまをすったり、時には誤魔化したりと、下げたくない頭を下げて、やっと3日間の座に座らせてもらえる。まあー、なんというか、物好きにもほどがあるんじゃないですかね。みんな参詣するの嫌でしょう。邪魔臭い。それなのに、それなのにですよ。いくら、如来様の大願業力があるとはいえ、れは、かなりの仏法バカじゃないですかね、お互い。なんかみなさんが愛おしくなってきます。この平成の世に、まだこれだけの仏法バカがおられるのですから。そして、そのバカ同士で、讃嘆談合するのが、いと楽しいというのでから、こりゃ、かなりの重症やね。もっとも、「信心絶対にほーしいぞ」という、力み反った強欲張りも多いでしょうか…。

 さてさて、今回は、7座で、7名の講師陣が、それぞれ1時間程度のご法話をいただきました。偶然、年齢分布もうまい具合に分かれている。20代、30代、40代、50代だけ2名で、60代、80代の先生方。70代の先生が欠席で、変わって若手先生が登壇された。
 この先生方の、ご法話が尊かった。別に打ち合わせなどしていないのに、前の先生のご法話を受けて、次ぎの方のご法話が展開していく。それでいて、それぞれの個性や人柄も発揮されていて、有り難かったです。

 座談会で、長年、別の会で熱心にご聴聞されていた方の感想。

 「どの先生のご法話も、異口同音、阿弥陀様のお心をお話くださるのが、とても驚きました」と。

 それを聞いて、ぼくの方がびっくり。

 だって、ご法話は、お聖教のご讃題を基にいただくけれど、それは阿弥陀様のお徳を讃嘆させていただく、仏徳讃嘆こそが肝心要のことなのだから、それ以外にどんなご法話を聞いてこれらたのかと尋ねてみたら、

 「以前の会では、親鸞聖人などのお聖教の文言が中心で、それを根拠として覚えていく、理解していくというような法話だった」

という説明。なるほど、それを聞いて覚えていく聞き方、ある種の教学勉強みたいな聴聞なのかーと想像させられました。

 そうか、それで言うのなら、華光の先生のご法話はどうなるのか。

 いや、先生だけでなく、同行も、そしてご法座も、如来様に統一されている座を、「華光」と名付けるんじゃーないかなと思えてきた。それゃ、有り難いはずだなー。

 そう、「如来に統一される」-『仏敵』にある伊藤康善先生の明言です。

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いよいよ永代経法座

 いよいよ明日から、永代経法座である。

  急に法話を2座することになって、準備を進めていた。それが昨夜になって、20代の仏青世代の先生が、「欠席する叔父貴の代わりを勤めやしょう」と、自ら名乗りを上げてくれたのだ。

 当初は一座の予定だったのが、二座に増えたので、あわてて気合を入れ直して、仕事をこなしていたので、おかげて楽になった。しかし、一旦、そのつもりでエンジンをかけていたので、少し拍子抜けの感もするのが、正直なところだ。初日の担当があるのとないのでは、ずいぶん、精神的な気合いのはいり度が違う。「どうしょうか」と、皆さんに相談したら、それぞれの意見もあったが、結局、これからの若手の成長という意味でお願いすることになった。よろしくお願いします。

  準備も着々と進んでいる。

  すでに、九州と北海道の参加者が到着された。いままさに、夜行バスや列車に乗っておられる遠方の方もおられる。

  どうぞ、お気をつけてお出でください。楽しみにしています。

  それと、華光会館に着かれたら、大切なことがひとつ。

  受付方法が変更になっている。

  2泊3日の法座は参詣者が多いが、今年から会費制になったので、会計が複雑になっている。宿食費に加え、永代経懇志もあるからだ。その会費制にしても、全日程参加の人は簡単だか、一座ずつの計算なので細々しているのだ。

 そのために、事前からかなり労力を割き対応された。ご苦労さまである。予めワードでデータを入力して、ぎりぎりまで変更の対応し、それをプリントアウトして、手作業で「あいうえお順」に整理して、一階の廊下に張り出し、それをもらい、二階に上がって受付をする方式になったようである。初めての方法なので、混乱も予想される。

  ぼくには、入力までしているのに、また超アナログに戻すように思えて、せっかく無線LANの環境も整っているのだから、ノートパソコンで受付をするのが、直前の変更にも対応できて、いちImg_5677ばん簡単なように思えるのだが、担当者には担当者のこだわりもあるようだ。まずは経験者の意見におまかせするしかない。混乱なく、うまくいくことを願っているが、それには皆さんのご協力が必要なので、どうかよろしく。

  まるで、七夕の短冊かなにかが張ってあるようで、カラフル。五十音順に並べてあります。

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