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『ポチの告白』

   1週間ほKokuhakuど前に、みなみ会館で『ボチの告白』を観た。たぶん、娯楽大作を扱う普通の劇場で は公開されないだろう。よく公安から圧力がかからなったなという内容。同人の中にも警官や警察関係の仕事をされている方もおられるが、ご覧にならない方がよい。血圧が上がるだけだ。もっとも、大方の警官は、こんな映画とは無縁だろう。

 約200分(3時間20分)の大作。でも、まったくあきない。その迫力、リアリティさに衝撃を受けた。時には、「まさかそこまで」と思いたい内容(もちろん、フィクションとして描かれている)だが、これまでの警察犯罪事件の実例を基に映画化されているのだ。しかも、外国特派員協会(よく話題の人のインタビューがあったことが放映れる)が、初めて全面協力をし、撮影には、警察署の雰囲気を出すために各地の地方自治体の庁舎が協力している(さすがに警察署の協力はない)。単なる興味本位の煽り作品ではない。

 警察犯罪事件の数々の実例を元に、公権力を使い非合法に営利を追求する組織犯罪集団の恐ろしい構造的な悪を描いている。犯罪を取り締まる立場の警官が、その組織防衛のためにしたことなら、たとえ違法性があっても犯罪として立件されることは少ないというのだ。カラ出張、カラ領収書、公金を横領した裏金づくり程度は当たり前。これは、どの役所でもつい最近まで続いている慣例だ。それを個人が流用せず、組織のためにプールしているのなら、実刑には問われなかったのだ。また職務にことかけたいたずらや過剰な暴力、必要悪としての暴力団や裏社会との取引。それらは、組織から逸脱した一部の警官が犯罪に手を染めるのではなく、組織に忠実で真面目な警官ほど、上官の不透明な命令(これまでの慣例なのだろう)にも、「絶対服従」の態度で従っていくのである。いわば、警察ぐるみで違法な蓄財ビジネスを、お国のために推進しているというのである。そしてその警官はみな全員家族なのだ。なじめば、これほど居心地のよい職場はない。しかし、時に、それが行き過ぎたり、マスコミにリークされて表沙汰になるなどのいざという時は、組織に対する忠誠心によって、自分ひとりがその泥を被るというわけだ。大方が、「元」警官による権力乱用の不祥事であって、あくまで一個人の犯罪に仕上げられていく…。

 彼らの根にある根源的な思いが、以下のようなセリフに現れているのではないか。

 「この国は絶対に逆らえないものが二つある。天皇陛下と警察だ」という、裏のルールを無視した中国人マアフィアに対する取り調べ中の言葉だ。

 そしてもうひとつ。巡回中のパトカーでの警官同士の会話。
 「俺たちは、命をかけて日本や国民を守ってやっているのだ。この程度のことをして悪いものか」…。

 ところで、タイトルの「ポチ」とは、組織に忠実なイヌとして、真面目で、実直な主人公の警官が、徐々に警察内部の犯罪に手を染め、知らぬまに変質し、最後には、忠実な「ボチ」として切り捨てられていく(もっとも彼自身もおいしい目も味わっている)哀れな姿を指している。この警官役の菅田俊が、画面いっぱいにその凄味、個性を発揮し、ラストの「ボチの告白」は、衝撃的でもあった。 

 しかも、この映画の面白さは、それだけではない。本来、行政から独立した権力機関であるはずの司法も、多くの場合、警察・検察の意向通りに裁判を進めることで、両者が癒着している点にある。

 さらに、公権力への監視・チェック機能を果たすはずのマスコミまでが、記者クラブ制度の中で警察と馴れ合い、独占的な情報提供を受ける形で、持ちつ持たれつ、なあなあで過ごしている。結局、権力の監視役のマスコミが、権力側の番犬に成り下がっているのだ。これは権力中枢の官邸や政治にしても同じ構造で、この日本独自の記者クラブ制度に批判的なフリーのジャーナリストや外国メディアが多いが、それがこの映画のひとつの推進役になっているのではないかとさえ思えた。

  古来、洋の東西を問わず、警察の腐敗や犯罪を描く映画やドラマは多い。しかし大方は、たとえ事実をもとに描いたとしても、フィクションというか脚色の色合いが強くて、結局、不祥事はあくまで一部の警官の特例であって、最後は良識あるヒーロー、ヒロインによって悪は駆逐され、「正義は勝つ」式の結末が多いものだ。

 だがこの映画で描かれる警察犯罪の気味悪さは、そこには正義も、諸悪の根源も存在しないことだ。映画の中では、出光元演じる彼の上司(とてもいい味が出ている)-警察署長にまで出世-が、黒幕ということになる。しかし、彼もまた忠実なボチの一人にすぎないことは明白だ。ただ先輩の慣例を受け、組織を防衛しながら、出世し、ウマイ汁の吸ってきただけなのである。ならば、この癒着体質中で、諸悪の根源はどこにあるのか。

 これはまさしく、警察に限らず閉鎖的な「ムラ」組織に充満している日本社会の体質ではないか。それが公権力の警察だからこそ、如実に体現しているといっていいのだろう。だからこそ恐ろしいのだ。

  どこまでが事実かどうかはともかくも、社会派娯楽大作としても、楽しめる作品だった。

「ポチの告白」オフィシャルサイト

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