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常識の壁

  このところ、各地のご法座で、初めてお会いする方とのご縁が続いている。

 だいたい、50代までの方(40代、30代の方が多い)は、ネットをご縁にしたり、または前に所属していた団体から絡みでお参りされる方でがある。それらの方は、ある程度聞法の焦点があたっていて、後生の一大事の解決とか、信心決定(けつじょう)という言葉を、最初から使われている。

 でも、いま問題にするのは、ネットとは無関係な、少し高齢の方だ。友人のすすめや新聞広告などをご縁にした方で、ある程度の社会的な地位があったり、そりなりの仕事も終え、子供も立派に育て終えた世代の方々だ。
 その意味では、人生にやり残したことはなく、余生というか、第2の人生を迎えるにあたり、宗教的な心境を求めてこられているのである。

 大方が、社会的には、常識的でまっとうに生きてこられた人生の立派な先輩であることは、話の端々やその態度から窺える。まじめに仕事もこなし、家庭も護り、そしていま、心の豊かさを求めておられるのだから、尊い方々である。

 しかしである。では、そんな方々が、ご聴聞に即つながるのかというと、実のところ、この堅い道徳的規範や常識に阻まれて、三世を貫いて、極重悪人の私が、念仏の教え一つで仏に成っていく浄土真宗のおみのりが、なかなか伝わりづらいのが現状だ。

 どんな人生観、宗教観をもっておられるのか。そのひとつの代表的なものが以下だ。

 先日もMLで、京セラ会長の稲盛和夫氏のことが話題になっていたが、たった一代で大企業を育て、経済人として一流であるだけでなく、仏教への造詣も深く、晩年には自ら僧侶となって活躍されている。

 彼には、『人は何のために生きるのか』という著書があり、しばしこの題での講演会も持たれているようだ。その彼の言葉に以下のよう有名な一文がある。

 人生には運命と因果応報の法則が縦糸と横糸して働く。因果応報とは、善きことを思い、善きことをすれば、善き結果を生み、悪いことを思い、悪いことうすれば、悪い結果を生むということである。その中で私達は常に心を磨き素晴らしい人生を生きることに心すべきです。

 至極、当たり前のことだが、成功者の哲学としての言葉は、多くの方に共鳴を呼んでいる。実際、こんなことが見失われている社会や世間の現状を憂い、このような言葉に共感し、自らを磨き、世のため、人のために利他の行いを励もうと願っておられる年配の方にお会いすることが多いからだ。

 でも、これだけなら、単なる生き方の問題、道徳論だ。もしくは、人生の修養修行にすぎないのである。

 残念ながら、この線上でいくら熱心に聞法したとしても、弥陀の本願に出会うことは難しい。

 なぜなら、この凡夫の私には、抜き差しならない迷妄の姿がある。

 一つは、いつまでも死なない、いつまでもこのままだと錯覚している。無常を無常と、気付けないほど闇は深い。

 もう一つは、自分ほど善いものはいないとうぬぼれている。悪人を悪人と知れないほど狂っているのである。

 しかも、始末が悪いことには、死んだらそれでお仕舞いと考えているか、もしくは、死=仏、間違いなく浄土に生まれる程度の安っぽい後生観しか持ち合わせていないのだ。

 しかし、真宗の聞法は、社会や世間、他人を問題にするのではない。ほんとうの私自身を問題にする以外にはないのである。

 それには、社会の常識や、自分の実感や主観を指針にするのではなく、仏様の教え(法)を鏡に、そこに映し出された自分を問題にするしかないのである。

 では、そこで映し出された私の姿とはどんなものか。

 「お前ほどの極重悪人はいない。しかも、死とは常に背中あわせで、今夜とも明日とも知らぬ無常のいのちだ。一たび、無常の嵐きたりなば、極楽どころか、真っ逆様に地獄に落ちていくしかない」のだと。
 つまり、わが身は、現在も罪悪生死の凡夫なら、過去も常没常流転であり、当然、未来においても、出離の縁あることなしで、絶対に救われる手がかりすらない私なのである。

 私が、そう感じようが感じまいが、そんなことは問題ではない。当然、その感じ方の強弱などもどうでもいい。
 とにかく、そのご意見を、私のほんとうの姿として、お聞かせに預かっていくのである。

 せっかく尊いご因縁が整い、浄土真宗の聞法のご縁が出来たのである。

 現世中心で、善人指向の、古い社会常識的な信を捨てて、極重悪人の私がお目当てという弥陀の本願に貫かれてもらいたいものだが、この常識的な自力の壁は、ほんとうに手強いものがある。そう簡単に、後生の一大事の解決へとつながらないのが現状である。

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