『スラムドッグ$ミリオネア』
『スラムドッグ$ミリオネア』が、面白かった。ぽく的には、かなりタイムリーで、インドが 舞台という、個人的な嗜好も入っている。これだけでも、かなり甘い評価になりそう。実際、今年のアカデミー賞の作品賞に加え、監督賞など最多の8部門を受賞した、今年最大の話題作なのだ。でも、主演、助演の男優 や女優賞とは無関係だった。ほとんどが国際的には無名の役者たちだ。余談だが、昨日のニュースでは、オスカーを抱いていた幼少期の娘役の女の子は、実際にスラム出身。この直後に、約2,8000万円ほどの養子縁組(態のいい人身売買)に売り出される寸前で、実は買い手がイギリスの新聞社の囮取材と判明。社会問題になっているというのだ。(写真は、ネットニュースから)
ダニー・ボイル監督の、いわばイギリス製ボリウッド(すなわち、インド版ハリウッドの旧ボンベイ製ということ)映画。『ぼくと1ルピーの神様』という小説を、『フルモンティ』のサイモン・ボーフォイが脚色した。なるほど、面白いわけだ。
ところで、映画のタイトルは、スラム負け犬の億万長者。『クイズ$ミリオネア』のもじりである。そう、イギリスでスタートし、世界約80ヶ国でライセンス放送されているあの超人気番組だ。日本でも、みのもんたの司会で、「ファイナルアンサー?」というきめゼリフで大ヒットした。このインド版も、まったく日本同様の番組で、“ライフライン”のルールや、司会者の態度、スタジオの雰囲気も同じなので、まったく抵抗なくドラマに入っていける。
しかも、ユニークなことに、作品そのものを、例の四択のクイズ形式として、冒頭で問が出され、ラストにアンサーが出る仕掛けになっているのだ。なーるほどね。
このインドの超人気番組に、大都市、ムンバイのスラム街で育った無学の青年ジャマールが出場。携帯電話の会社(これが現代のインドを象徴している)でチャイ係をしている彼が、大学教授や知識人も達成できなかった最高額にまで達しようとする。ちなみに最高額は、2,000万ルピー。1ルピー、2円強だったから、日本円では、4,000円万強というところだが、物価水準から推測すると、たぶん1億円以上の価値があるだろう。
では、なぜ天才ともいえない最下層の少年が、難問題を次々と正解していくのか。インド中の視聴者の大注目を浴びることになった彼は、同じ下層カースト出身のスター司会者に嫌がらせを受け、最後には妬まれて、初日の収録後に、インチキ容疑で警察に突き出されてしまう。下層ゆえか、拷問での取調べを受けるが、「不正はない」と無実を主張し続けるのである。
物語は、番組収録、警察署内の取り調べ、そして、ジャマールの回想という三シーンで構成され、それぞれが巧妙に絡み合って展開していく。時系列がバラバラで描かれるのだ。そう聞くと、どこか複雑そうに思えるが、そこはそれ、アカデミー賞受賞作である。一般にもわかり易く、かなりテンポのよい進行なので、ご安心を。取り調べの刑事と、クイズ番組の録画を見ながら、「なぜ、正解を知っていたのか」が、彼の過酷な回想を通じて明らかになっていくのだ。
そして、 もうひとつのキーワードは、三銃士だ。
ジャマールと、彼の兄、そして孤児仲間の女友達の三人。大都会のスラムに生まれ、ヒンドゥー教徒とムスリムの抗争で孤児になり、その後も貧困や過酷な運命に翻弄されたそれぞれの生き方と、最後まで愛を見失わなかった彼の人生が、クンズ問題と解答の中で、徐々に明らかになっていくのである。この作りは上手い。
そして、ラスト。問題の番組収録と、回想が現実に追いついたとき、彼に大きな希望の光りが届き、こちらも好感が持てる巧みな作りになっている。たぶん、このあたりの巧みさが、観衆の共感を呼ぶ、第一の要因なのだろう。
それは、物語の背景には、インド社会の貧困、差別、宗教問題に、大都市部での格差、さらに、いまなお残る悪習の数々と、いまや世界有数の経済大国をめざすインド社会の今が、しっかり描かれているからこそ、希望への共感が生まれて来るのではないか。
実は、今回のインド旅行では、大都市圏には入らなかった(前回は、コルカタ、ニューデリー、ムンバイも回った)が、訪れた田舎の大半は、電気やガスも水道もない、土塀に藁葺きの家々だった。そして、ベナレスなどの観光地には、物乞いや物売りが大挙押し寄せるが、なかには、栄養失調の赤ん坊を抱いた子どもや、腕や足がない障がい者も多かった。現地でその理由も聞いたが、そのあまりにも過酷な「からくり」も、この映画では触れている。つまり、単なるサクセスストーリーや、恋愛ものではなくて、その背景にあるインド社会の現実を浮き彫りにしている点が見逃せないのだ。
ちなみに、ぼくたちが、今年の旅行でお世話になったガイドの名前は、ムスリムのジャマールさんだった。そう、映画の主役も、ムスリムで「ジャマール」。まさか、ここで、ジャマールさんの名前に出会おうとは…。これが一番、ウケた。もっとも、彼はとても裕福な家庭の人で、名門、デリー大学の出身者だ。
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