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『縛師』

 今夜も、廣木隆一監督の『縛師』という、縄に見せられた男たちのかなりマニアックな(ここまでくると、ひとつひとつの話が深すぎて、感銘するしかない)な映画を観て帰ってきた。R指定の映画を、一般の劇場で、真面目にとりあげてもらえることがうれしい。客も、カップルや若い女性が多かった。

 映画にも出てきたが、身体と性、そしてエクスタシーは、死へといざなうもので、実は、宗教的体験とは、いちばん遠いようで、実はもっとも緊密に隣接する領域なのだが、「聖」と「俗」を二分化し、意識や知性、理性偏重の現在では、意識でコントロール不可能な情動や身体的のありようを極端に恐れ、低俗の名のもとで完全に封印しようとしている。特に、今日の浄土真宗では、そのよう身体的な行や、神秘的な体験を極端に嫌う潔白な傾向が強烈で、個人も、その闇を内面に深く深く閉じ込めているのが、現実であろう。それが、時放たれた時に輝く瞬間が垣間見られる作品だった。

 もうひとつ、身体的な接触(別に性的な問題や暴力だけでなく、日常的な触れ合いも含め)を拒んだ、人と人のコミニケーションは、実は成り立っていかないことがよくわかる。コミニケーション不全は、言葉やコンテンツ、スキルの問題だけでなく、実は、身体そのものも問題なんじゃないかなーと。人間は、人と人の「間」なのであって、その距離感は、現実的な身体感覚に依っているのだろう。そんなことを、アンダーグランドの男女から、教えれました。

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