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『今夜、列車は走る』

 久しぶりにアルゼンチン映画を見た。久しぶりといっても、これまで観たことのあるアルゼンチン映画はなんだろうかと、記録をたどってみると、『ある日、突然。』と『僕と未来とブエノスアイレス』を、06年に京都みなみ会館で、昨年は『ボンボン』を、京都シネマで観た程度。あとはなかなか思い出せない。アルゼンチンを舞台にしたものなら、『エビータ』とか、『ブエノスアイレス』、『モーターサイクルダイヤリーズ』など、浮かんで来そうだが、だいたいがハリウッド製のもの。正真正銘のラテン諸国の映画は、日本ではアート系の劇場でたまに上映される程度で、大手のシネコンではまずお目にかかれない。それも、東京でコケたら、まず京都に入ってくることもない。それだけに、どれも印象に残る佳作だ。

Salida_01  『今夜、列車は走る』予告編(公式ページのTRAILERで見れるもの)を、たぶん10回以上は見せられたので、かなり期待していたが、これがなかなかよかった。
 冒頭、ティーンエージャーの男女3名が、土砂降りの雨の中を走るシーンで、「ああ、これいい映画だわー」との予感。だいたい、これは8割以上当たる。実際、このシーImg_3853_2 ンは、感動的なラストへとつながる大切なシーンだった。廃線になった路線に、彼らが突然、列車を走らせる。ただ、列車が走るだけ。それだけなのに、ジワーと涙が溢れてくる。原題の直訳は、「次の出口」だそうだ 。やられました。

 社会派のヒューマン・ドラマだが、庶民の生活感覚にリアリティがあり、それがアルゼンチンだけの話ではなく、いまや日本も含め世界中でどこでも、通用する普遍的なテーマとなっている。お勧めですが、東京や大阪は今春に終了し、地方ではなかなか上映されないでしょうから。残念やね。

 ある地方の鉄道員たち(鉄道マンではなく、まさに鉄道員だな)、けっして高給でも、設備も古く、安全とも言い難い職場だが、誰もが、鉄道を愛し、その仲間と、自らの仕事に誇りを持っている男たち。しかし、社会は民営化の嵐が吹き荒れる中で、国鉄も例外ではない。経営者が民間に変わると、利潤追求が最優先となり、採算重視で赤字路線は、老朽化を利用に都合のよく廃線となっていく。彼らも、次々と体よく自主退職(リストラ)をされていく。

 貧しいながらも、それぞれが家庭をもち、さまざまな事情を抱えていた男たちの生活は、一変してしまう。うまく立ち回ったり、立場を利用して冨を得るものもがある一方で、多くの男たちは追い詰められていく。労働組合を代表していた男は、「どんなに闘っても、運命を変えられない」と、自ら命をたってしまう。唯一、抵抗して、サインせず工場に寝泊まりする孤独な男もいれば、すぐにタクシードライバーに転職するものの、その前途は多難も男もいる。ぜんそくの息子を抱えて、治療費にも支払えない若い夫婦も、次々と起こる難題に喘いでいる。そして、停年間近の初老の男は、長年の娼婦との別れを告げ、その日のバイトで糊口をしのいでいる。家庭を抱え、仕事探しも望むものが得られず、家の立ち退きまで迫られる中年の男は、妻や子供との諍いが絶えなくなる。そして、一旦、転がりだした負の連鎖は、さらなる悲劇へと続いていく…。

 失業はなにも経済的な痛手だけはないだなー。もっと深いところで、鉄道員として誇りや、これまでのキャリアのすべてが一瞬で否定され、人間性の喪失にまでつながる深い絶望となっている。これは、いまの日本も人ごとじゃない。まさに身に詰まらせられる。いわば、中産、中流階級が消えて、二極化し、下層社会が膨らんでいく格差社会のなかで、いかに政府(国)が無策で、世間も、わが身にふりかからないかぎり、冷たく無関心でいるかがよくわかる。

Img_3851  でもね、「どんな長いトンネルも出口のないものはない」。絶望を歎き、運命を呪うのではなく、ほんとうに勇気を出して、声にし、行動するなら、必ずその出口には光が射しているのだという力強さが、この映画の主題だ。そして、そこに、ホロッとさせる人のもつ暖かさの一面が、コッソリと忍ばせてある。このコッソリ具合がなんとも絶妙だ。

 昔、廃線あとのハイキングコースを歩いたことがあるが、長いトンネルに入ると、ほんとうに真っ暗闇になる。すぐ横の人の姿も見えない。そのとき、不安があっても、必ず先に出口があると信じているから、声をだして励まし合い、どんなに長くても、前へ進む勇気が出て来るのだろう。でも、いま、いちばん、これが欠けているかもしれないね。

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