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映画『蟹工船』

 小林多喜二の小説『蟹工船』がブームとなっている。昭和初めの非人間的な労働条件が、現代の格差社会やワーキング・プアと重なって、若者を中心に共感を呼んでいるという。時まさに、世界同時の株の大暴落が続き、もし歴史が同じ道をたどるのなら、世界大恐慌時代の前夜という危機的状況。それにしても、まさか80年も前のプロレタリア文学が、高度成長期後の21世紀の日本で、再び脚光を浴びることになろうとは…。

 ただし、今日の状況と単純に重ね合わせることは出来ないとは思う。なぜなら、映画では、(支配者)国家=軍隊、資本家 対 (抑圧される)労働者と、すごくわかり易い支配構図だ。鬼監督の背後には会社があり、軍隊・国家があるのは一目瞭然。しかも、弾圧の仕方も、直接的で、露骨で、これなら怒りの方向も極めて単純で、力も団結しやすい。相手側も、最後は単純に力で押さるだけだ。
 ところが、今日は、高度情報化時代、価値観も多様化している。その分、支配や搾取の構造がより巧みで、複雑になり、情報も高度に操作されている。そのなかで、支配や搾取の構造を見抜くことはますます困難になっている。自己責任、自発的に選んだつもりが、実は巧妙な支配者側の操作による産物ということも多いだろう。怒りの方向も、巧みに分散させられ、バラバラに力を削がれている。それが真綿で首をしめられるがごとく、支配や操作と気付かぬうちに、静かに進行しているとしたら、これほど恐ろしいことはないのではないか。

 まあ、前置きはこのぐらいで映画の話。ブームのおかげで、1953年(昭和28年)製作の映画『蟹工船』まで、リバイバル上映されることになった。やはり映画化されてたんですね。まったく知らなかった。かなり、思想色に色濃い作品。これは、50年代という時代の空気もあるんでしょう。古い映画なのに、みなみ会館もお客の入れが上々。いま、話題性がありますからね。
 監督、脚本、主演は、山村 聰。ぼくには、晩年の、総理大臣とか大学教授、温厚なじいちゃん役のイメージしかなかったので、これはかなりビックリした。ただし、フィルムが古いせいなのか、それも滑舌が悪いのか、一部でセリフがよく聞き取れないところがあったのは残念。 

 昭和はじめ、函館から、カムチャッカ沖での操業に出発する蟹工船。ソ連と争って蟹を取るのだ。母船式漁業で、何カ月も洋上の生活が続き、水揚げした蟹の缶詰を生産する工場船が舞台だ。

 劣悪で、不衛生な環境で働らかされる労働者たちは、陸では契約金も、飲んだくれ、博打や女に浪費する無頼の輩。大震災で借金だらけになった元店主は上等な部類。ほとんどが、脱走した元炭鉱夫に、凶状持ちに、都会の失業者、ヤクザまが乱暴ものと、みんなひとくせもふたくせもある荒くれた男たちだ。その中に、極貧困の家族を助けるために無理やり員数合わせで調達された少年たちも混じっているが、少年たちはさらに劣悪な環境にほうりこまれている。

 会社の幹部は、海軍と手を結び、ソ連の領海侵犯をしてでも利潤追求を至上命令にしている。それが、のろまなロシアを出し抜き、缶詰で外貨を獲得する国策とも一致する、御国のためたと訓示をたれているが、利潤追求以外はなにもない。

 その会社の命を受け、労働者をモノとして扱い、会社の利益と、自身の保身のみを考える鬼監督。彼の存在そのものが、凄味があって圧倒される。まさにこの映画を締める演技だ。会社から、船の成績が悪いと指摘されると、昼夜であろうが、悪天候であろうが、人を人とも思わず搾取し、人命も無視し、暴力や銃で、船員たちを徹底的に抑圧し、危険きわまりない作業を強制していく。しかも、大時化のなかで事故にあったものも自己責任なので、弔い料はなし。船を失ったのも、不注意だったからと、賃金から棒引きする徹底ぶりだ。病人続出のなかで、病人やけが人に温情をかける常識ある医者を強引に交代させ、SOSを出し続ける遭難した仲間の船の救出のために、漁場を離れようとした船長を銃で脅し、軍艦をバックに領海侵犯をさせて密猟をさせる。反抗的な労働者は、便所に監禁し、時に陰湿なリンチでなぶり殺し、事故にみせかけて海に投げ出して証拠を隠滅したりと、もう非合法のオンパレードだ。

 病死した仲間の弔いをめぐって、ついに労働者たちの怒りが爆発した。彼らは、極めてまっとうな要求を突きつける。銃で脅した監督も、暴徒とかした荒くれ男を止めることはできない。溜飲を下げたのもつかの間、とうとう海軍の助けを求めたのだ。駆逐艦をみて、当初は喜んだ労働者たちだったが、彼らに待っていたのは、抵抗するものは、子供も容赦なく撃たれ、煽動者たちも甲板で射殺されるという、過酷な定めだ。
 当然といえば、当然だわー。治安を維持するためにこそあれ、労働争議に味方する軍隊があるわけはない。
 軍艦にはためく、血潮に染まった旭日旗のラストが、なんとももの悲しい。

 「労働者が、北オホツックの海で死ぬことなどは、丸ビルにいる重役には、どうでもいいことだった。資本主義がきまりきった所だけの利潤では行き詰まり、金利が下がって、金がダブついてくると…どんな事でもするし、どんな所でも、死物狂いで血路を求めてくる」(『蟹工船』)

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コメント

こんばんは、希死念願です。
今日、愛別離苦と具不得苦がセットでやってきました。
くるしいです。後生は苦にならないのにこの世の苦だけは人一倍わかります。くるしーいです。

華光大会ですが、持病の関係で宿泊がつらいので、11月2日だけ日帰りで参詣させていただこうと考えています。
11月2日は、かりもん先生の御法座はありますでしょうか?

ブログの記事と全然関係しないコメントで、失礼しました。

投稿: 希死念願 | 2008年10月26日 (日) 23:57

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