『鳥の巣』~北京のヘルツォーク&ド・ムーロン~
今夏、世界中の人達が、いちばんよく目にした建造物は、北京オリンピックのメーンスタジアム(北京国家体育場)、通称『鳥の巣』だろう。国家水泳センターも印象に残る建物だったが、この鳥の巣も、ずいぶん、ムダな鉄骨が複雑に絡み合った建物だなと思っていた。このところ、中国やドバイなどで、建築ラッシュが続き、世界中の鉄鋼が不足して値上がしているというニュースがあったが、この資財ひとつでもすごいものがあった。
設計したのは、J.ヘルツォークとP.ド・ムーロンという、スイスの世界的建築家の共同作業である。設計段階から、中国文化のベースを理解し、「不死鳥を招くおめでたい形」と中国の人達が認識して、自ずとコンペを勝ち上がっていく。その姿を追いかけたのが、『鳥の巣』~北京のヘルツォーク&ド・ムーロン~というドキュメンタリー映画だ。
しかし、中国通のアドバイザーも加えた布陣で望むものの、かの地での作業はまったく一筋縄ではいかない。たとえば、設計段階では、真ん中にアキのところに、帽子のような天井(ポットのフタのような感じ)がつく計画だったが、契約にない無謀なコストダウンを迫られて、妥協を迫られていく。スタジアムの建築と同時に、上海郊外の地方都市の都市計画にも加わるが、さまざまな障害に阻まれて、こちらは頓挫してしまう。つまり、この国では、西欧の物差しや契約の概念は通用しないのだ。無謀ともいえる短期間の工期で、大きなリスクを負いながら、ギリギリの設計、監理が行なわれていく。しかも、次々と施工主(政府)の要求が変わり、コストがドンドン削減されていく中での難工事だのだ。
今回のオリンピックでも、しばしばし西欧諸国から「中国異質論」が吹き出したが、西欧の視点から(スイス、フランス)撮られたこの作品からも、次々と文化的背景の違いから起こるトラブルの様子がよくわかる。まさに、異文化のコミニケーションの典型だ。その中で、いかに中国文化を理解し、溶け込み、時に妥協し、かつ独自の創造性を発揮していったのかというプロセスを追いかけていく。やっぱり、超一流の人達は違います。これだけの建築になると、繊細さや、創造性、時に大胆さ、また芸術性も必要なのだが、同時に、現実的で、タフな交渉人としての、高度なコミニケーション能力も備えていないと、けっして一流の仕事は不可能ということだ。国家の威信をかけた大事業。高級幹部の意気込みも違うし、多くの利権が伴うと、怪しげな人物も登場したりする。
結局、二人は何を作ったのか。けっして、国威発揚のための国家や政治家のための建築ではなく、中国の人々のための建物だと明言しているが、その真価が現れのは、これからであろう。
と同時に、中国の人たち(特に知識人)にとっての、北京オリンピックも、ただただ熱烈歓迎一色ではないこともわかる。けっこう、国威発揚に醒めていたり、ハコ物行政に、辛辣な批判を展開する中国の大学教授のコメントがあったのは、意外だった。共産党一党支配で、言論の自由のまったくない国だと思っていたが、チョッピリ認識を改めた。
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