『休暇』『接吻』そして『山桜』
6月は、宿泊法座や華光誌で忙しかったが、合間をつくり映画館にもまめに通った。月の半分近くは出張という日程で、16本観た。2日の1本のハイペース。自分でも、ちょっと呆れて、ちょっとすごいなーと感心。そのうち、日本映画は3本。なぜか、すべて2文字のタイトル。
一番、面白く、余韻が残ったのが、小林薫と大塚寧々主演の『休暇』。脚本、ロケーションも含めて、なかなか丁寧な良心的な作品だった。しかも、朝日新聞の「死に神」の記事に法務大臣が不快感を表明しているが、(偶然だが)おかげでタイムリーな映画となった。
死刑執行の文書が署名捺印され、関係者の間を上がっていく。最後に法務大臣が捺印するところから、映画がスタートする。全国で七カ所の拘置所に、100名以上の死刑囚が収監されているが、いくら法務大臣が「死に神」でも、そうそう日常的に死刑が執行されるわけではない。日本の場合、死刑執行の様子は非公開で、正式には明らかにされていないが、死刑執行に携わる専門の執行人は存在せず、一般の刑務官の手当てや休暇がつく業務としてある。非日常の業務で、しかも法の刑罰とはいえ殺人に直接加担する仕事に関わるのだ。憂鬱な気分はぬぐえない。
映画は、吉村昭の小説を許に、死刑囚(西島秀俊)-彼も凶悪犯にまったく見えず、生きる希望もなく、ただ規則正しく生きている、生のリアリティーにかけた模範囚で、逆の意味で存在感がある-が、絞首刑の時に暴れて苦しまないように、彼を抱き支える仕事を、新婚旅行の休暇欲しさに志願した男(小林薫)。寡黙で、平凡なこの男の葛藤と、子連れの女(大塚寧々)との新しい家族を築く過程をシンクロさせた佳作だ。
死に向かう死刑囚と、愛する女、そしてわが子を「抱きしめる」という行為が重なる。他のいのちの犠牲の上に、平凡なのどかな幸せがあることの意味が、ぼんやりと浮かび上がって来る。ラストの静けさも奥が深い。
余談だけど、見合い相手が、シングルマザーとはいえ大塚寧々なんでしょう。男なら、休暇のために頑張っちゃうんじゃないかなー。●●●
『接吻』も、また、秋葉原の通り魔事件が起きた今、タイムリーな映画だ。これも偶然だが、いずれも水面下ではその萌芽はあるということだ。
偶然、戸締りのなかった見ず知らずの家に乱入し、小学生の子供を含む、3名をハンマーで撲殺する男(豊川悦司)。しかも、その言動は不気味で不可解。自ら犯人と名乗り、逮捕の瞬間をTVで生中継させるのに、インタビューには一切、黙秘を貫く。取り調べも、弁護士にも、そして裁判でも、完全黙秘を続け、ただ薄ら笑いだけを浮かべていく。テレビの、その薄笑いを浮かべた笑顔に共鳴し、一目惚れするOL(小池栄子)。共に家族愛に恵まれず、社会や世間から、ただ都合よく扱われ、存在を無視され続けている屈折した心理を抱いている二人。両者が引きつけられ、社会に復讐のために共感しあう。その男の心理をなんとし理解しようとする国選弁護人(仲村トオル)。ただ男の理解が進むことは、女性の一途さにも共感することになり、奇妙な三角関係に発展していく。でも、弁護士が、なぜこの心理にこれほどまで巻き込まれていくのかは、いささか説得力に欠けていた。
第一、トヨエツ、小池栄子、仲村トオルと、こんなカッコいい人ばかり登場させて、「世間から相手にされない」「いないも同然」の透明な存在というのには、リアリティーに欠ける感はある。現代の「人間見た目が9割」の日本社会で、皆さん、カッコよく存在感がありすぎるのだ。それと、「あなた○○なのは分かっているんですか!」「×バツなのが△△ですか!」という、弁護士の語尾のヘン強調されるセリフも鼻についた。
それでも、社会派の心理ドラマとしは、悪くはない。それに、人間の屈折した感情、そして恋愛を描くものほど面白くもある。ラストもある程度は予想できたのに、唯一「接吻」という意味は想定外。まだまだ、ぼくも青いなー。「なるほど、そうきますか」という終焉を迎える。●●●
上記の2本に比べると、『山桜』は、いたって正攻法の美しい映像の映画。藤沢周平原作の映画化。『蝉しぐれ』『たそがれ清兵衛』『隠し剣 鬼の爪』『武士の一分』と並べただけでも、雰囲気はわかる。
勧善懲悪に、プラトニックな愛がうらむ、保守的な時代劇。
北国の小藩の山川は美しい。悪は、大商人、大地主に結託し、農民を虐待し、ワイロを取り、国、民を疲弊させて私腹を肥やす。善は、清く、正しく、貧しく、美しい。好きな人を遠くから見守り続ける恋。人にお勧めしずらいマニアックなアート系の映画ばかり観ているが、これなら、母世代の人にも安心して勧められる。滅多に映画などいかない二人だが、近所の劇場へ喜んで出かけた。「サクラがきれいだったね。まだ続きがあると思ったわー。地味な、静かな映画だね」と言うのが、母の感想。「チャンパラのところだけ、ハッとした」は、父の弁。客層も60歳以上の方が多かった。
『休暇』とも、『接吻』とも違うが、これもまた愛の形である。●●●
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