『タクシデルミア~ある剥製師の遺言』
「なぜ、人は夢をみるのだろう?
なぜ、人は食べ続けるのだろう?
なぜ、人は永遠の命を求めるのだろう?
……人間の欲望は、この世でもっともおそろしい」
という意味深のチラシに惹かれて、みなみ会館へ。日付が跨がるレイトーショー。ハンガリーの猟奇的映画だ。刺激的な映像が続いたわりに、不思議と不快感は少ない。良質のしっかりした映像なので、グロテスクさが際立つより、アートとしての美しさを感じる映像も少なくなかった。摩訶不思議な時間がすぎて、出口に向かうと、どこかで見覚えのある人がいる。あれ、もしや禅僧のゼンゼン君じゃないですか。やっぱり、この手を映画をしっかりチェックしておるなー。
映画の題名は『タクシデルミア~ある剥製師の遺言~』。ハンガリーの三代にわたる大河ドラマ。ここでも取り上げた『太陽の雫』という映画があった。帝国時代、ヒットラー政権下、そして共産主義政権下と、現代…時代の激流に翻弄されたユダヤ系ハンガリー人の4代の男たちを取り上げ壮大な大河ドラマだった。それが正統な流れの物語としたら、こちらは完全にアウトサイダーの壮大さがある。
というわけで、この先、映画の性格上、一部の方には、性的表現や肉感あらわな不快な表現も含まれます。興味のある方だけお読みください。●▲■◆
まず、商業映画でも、芸術的であれば、ここまでの表現が許されるのだなーとも感心した。男性器が何度が丸出しされる。4文字隠語(もちろん、ハンガリー語なので分からない)を連発する男。食べては吐き、食べては激しく吐きまくる映像。さらには、剥製づくりのための内蔵の解体など…。国際的に高い評価を受け(カンヌ国際映画祭正式出品、2007年アカデミー賞外国語映画部門ハンガリー代表)、サンダンス=NHK国際映像作家賞を受賞しながら、残念ながらNHKではいまだに(たぶんこれからも)放映されていない。こう書くと、なにかグロテスクな悪趣味映画みたいに思われるけれど、まっとうな映像と脚本で、命の負の一面に鋭く切り込みを入れて、ある種、衆生の生の根源を浮かび上がらせる、一筋縄ではない映画なのだ。
1)戦時下。祖父の話。奴隷のように上官の家族にこき使われる男。ブタ小屋で畜生のような生活をしている。ローソク火のフェチ。娘たちをのぞき、空想の童話の世界で、マスターベーションに明け暮れている。男性器が火を噴き、さらに発射したものが天高く星になっていく。そして、最後は、ブタのような(ブタの解体、丸焼きとリンクする映像)上官の女房に誘惑され、彼女が妊娠して不倫がばれ、上官に頭をぶち抜かれて死んでいく。なんとも、不条理なシーンが続く。でも、どこか憎めないキャラでもある。
2)共産党政権下。父の話。不倫の子は、なぜかブタとして生まれ(ブタのシッポがついてた)、やがて大食いという驚異の才能で頭角をあらわす。社会主義国では、フードファイターが、国家をあげて養成されていた。かなりシュールな設定で、ユーモアに溢れていて、ヘンなのだ。でも笑うより、共産主義化体制への強烈なアイロニーに見えて、真面目に受け止めてしまう。それほど、命懸けの苛酷な訓練、国の威信をかけての戦いが続く。まもなく、国際オリンピック委員会でも正式競技に採用されようかという話題で、彼は世界一をめざしている。ここでは、食べるという行為と共に、激しく嘔吐する行為が、あわせ鏡のように描かれている。食べては吐き、吐いては食べるの繰り返しだ。このシーンも大迫力で、生々しい。しかし、巨漢の男は、ユーモアにあわれたキャラでもある。
そして、巨漢の女性チャンプとの熱愛の末、結婚するが、二人には似ても似つかぬ息子が誕生する。
3)現代のハンガリー。息子の話。それまでは、苛酷なのに、ユーモアがある映画のトーンが、さらに暗く、猟奇的なものに代わる。祖父や父に比べて、剥製師の息子がなんとも薄気味悪いのだ。そして、化け物のように太った父と、独自の技術でつくった剥製に囲まれた空間が舞台になる。
この3世代の男たちは、みな悲劇的な死を迎えるが、性(空想)、食、そして永遠の命という、人間の根源的な欲望を極めている。それは、性器(性欲)、食と嘔吐(食欲)、そして内蔵(肉体)もそうだが、平時は表面的に隠されていながらも、実は、人間のすべてに内在している生の本質(物質的だ)を抽出し、デフォルメしながら、芸術的な表現で描かれているんじゃないかとも思った。同時に、各時代へのアイロニーもあるのかもしれない。
ラスト。父と、悲劇的な別れをした息子は、父の剥製を造ると共に、誰も想像だにしない究極の剥製(永遠の生を得るため現代のミイラ)を生み出すのだった。
それを見届けたのは、秘密裏に胎児の剥製を依頼した医者だった。
誕生から死まで、男三代の怪奇譚は終わった。
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