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寺院布教

Img_2628   今日は、泉佐野のお寺への布教。 
 法座案内に間に合わなかったこともあるけれど、婦人会総会のためのご法座だったので、今回は、同人の方にお声をかけませんでした。

 近鉄、JR、大阪地下鉄、そして南海電車の特急と、4回も電車を乗り継いで、2時間弱。JRの京都⇔大阪間が、混んでいるのが難点。車中、岩波新書の「ルボ・貧困大国アメリカ」を読んで過ごす。建前はバラ色の自由化、民営化に隠され、ますます巧妙となる権力の魔の手。格差や差別が助長されて、未来なき社会の姿にゾッとさせられる。このまま日本も突っ走れば、明日のわが身やね。

Img_2626  泉佐野に降り立つ。ここからは、りんくうタウンや関西空港が近い。でも、駅前からお寺までの駅前商店街は、シャッター通りになっている。南海電鉄の駅もきれいになり、車のアクセスも整備されたけれど、そのことが、古くからの町に利益をもたらすことはない。ちょっと足を延ばせば、若者やファミリー向けの大型店やおしゃれなお店が進出している。古い商店街は閑古鳥が鳴くなー。  
 お寺の周辺は、古い歴史のある地区で、他のお寺も密集しImg_2627いる。歴史があるといえば聞こえがいいが、建て替えひとつもたんへん。生活道路も狭いし、下水道の整備もまだだ。周辺が栄えれば、逆に錆びれてくるところも出てくる。農業(泉州のたまねぎとかね)や漁業のような第一次産業も、後継者が不足。土地の高騰で農地を手放したり、関空の影響で漁業のあり方が変わったり、第一、今治と並んで有名だった、地場産業のタオルも安価な中国製に取って変わられた。有力な基盤産業がないかぎり、若者が流失し、高齢者を抱える地方の小都市は苦しくなるばかりだ。「
関空があるじゃないですか」というと、地元のおばちゃんたちの声でも、関空の功罪は、「罪」の方が多いようだった。自治体の(巨大)ハコもの行政による破綻も、身近な生活に影を落としている。

 実は、毎年、この時期にお招きいただくが、婦人会総会に参詣される方が、徐々に減っているように思ったからだ。新しい方が増えないのである。お寺としても、いろいろと熱心に活動されたり、呼びかけておられる。伝道の姿勢も、ここは一環している。春の永代経も、かならず華光のゆかりの先生。これまでも、故吾勝先生、故西光先生、そのあとは、孤杉先生か、松岡先生をお招きされている。婦人会の総会は、ぼくで、秋の報恩講は父が、毎年、お招きいただく。その姿勢で、ずっと布教をされているのだから、なかなか頭が下がる。しかし、熱心な活動をされていても、地元の地盤沈下だけはいたしかたない。高齢者だけのお家が増加していて、若い人達は、ここには住居場があるというだけで、生活の基盤は大阪などの都会にあり、または東京に移らる方も多く、いろいろと苦慮されているのだという。後継者の絶対的な不足。地方の伝統寺院共通の深刻な悩みだろう。

Img_2629 ご法話は、「正信偈」の「如来所以興出世、唯説弥陀本願海」のところをお取り次ぎ。ちょっと難しいと反応が鈍くなったので、軌道修正して、身近な世相や家族の話題を増えす。聞法の要は何か。結び目がない聞法は、流れるばかり。法を鏡にして照らされた私の聞く、その私にかけてくださった大慈悲のお心を聞く、それ「唯」ひとつ。前席が、「群生海」の迷いの実相、後席が、広大、深遠な「本願海」の尊さを、「唯」私ひとりのところで「聞く」、「如来の如実の言を信じる」=「聞く」のだ。その届いてきた心が「南無阿弥陀仏」の叫び。その念仏を喜び身にひとりひとりがなったのかどうかを、誤魔化さずに聞いてもらいたい。

 座談会がなく一方的になるので、質問を交え、時には歌を歌ってもらたりと、皆さんとかかわりながらの進行。ご聴聞に熱心な方が前列に座られて、反応は悪くなかったが、ほんとうのところは、どうたったのか。ちょっと、一言二言聞いた感想は、それなりに聞いてくださっていたので、声の聞こえた方はよかった。でも、なかなかなしっかりと談合(座談会)をするところまでは、現状では難しいなー。

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コメント

永代経さまでは、大変お世話になりました。
『ルボ・貧困大国アメリカ』は、私も読みました。
私にとっては、あの姿は、明日じゃなくて、まさに今日のわが身です。ネオリベラリズムは怖い(リベラリズムの看板を掲げて来るところが尚)し、かといって彼等の批判対象も恐ろしい(ネオリベラリズムを利用している人達の本音では批判対象でなくて、ネオリベラリズム同様の「ツール」に過ぎないのでしょうが)。

社会生活に追われいる為か、浮世離れした事柄を求める気持ちが強く、最近は、LHC初稼動が近いこともあってか、またぞろ増えてきた宇宙論関係の本や記事を耽読している毎日です。今朝、ブルーバックスの『量子力学の解釈問題』という本の広告を見て面白そうなので注文したいと思っています。

仏教関係では、廣澤隆之先生の『唯識三十頌を読む』と、大竹晋先生の『唯識説を中心とした初期華厳教学の研究』を昨夜読了。沢山御味わいをいただきました。ゆうこさんが掲示板で書いておられますが、私も、こういう学者の先生方の静かな研究や、熱い議論の中にも満ち満ちて下さる御法のエネルギーに感電しています。
また、現代の学者の先生方も真剣に信仰を求めておられる御姿を拝して、ついそうした先生方を、「頭でっかち」といったステレオタイプなレッテルを貼りがちな自分の偏見を反省させられました。上記の著書の個々の内容についても、深い御味わいをいただき書きたいこともありますが、うまくまとめる自信がないので・・・・。

インド仏跡巡拝。 私も参加したいんですが、諸事情が厳しすぎです~。もうちょっと考えてみます。
較べるのも畏れ多いですが、明恵上人さまは、お釈迦様の御在世に御縁をいただけなかった自らの罪を懺悔なさったとか。御法座にお参りできないのも、私の五逆謗法の姿そのものですね。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

投稿: 縄文ボーイ | 2008年5月25日 (日) 12:30

 縄文ボーイさん>こちらこそ、永代経法座ありがとうございました。
 それにしても、宇宙論から、唯識まで。あいからず、多彩な分野に、造形が深いですなー。正直、唯識はまだしも、華厳あたりの本は、ぼく読んだことないです。敬服いたします。
 インドは、反響大きくて、どうしようかと戸惑い気味。この調子なら、バス2台になてしまいます。もし好評で、今回涙を飲む人が多いなら、10年以内にもう一度、計画してもいいですがね。まあ、ここまでくると「とらぬタヌキ」ですがね。

投稿: かりもん | 2008年5月25日 (日) 22:50

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