『ファーストフード・ネイション』
『ファーストフード・ネイション』。予告編を観た以外は、予備知識もないまま、劇場へ。あれ? ドキュメンタリーじゃないんだ。てっきり、バーガー・ショップの裏側を探る、告発ものだと思ってました。しかも、かなり大物のハリウッドスターも出演し、観たことのある顔もチラホラ。脚本家の原作『ファーストフードが世界を食いつくす』というノンフィクションを基にした、群像劇(さまざま登場人物の複数の視点で進行する)。もちろん、実際の企業名は映っても、あくまで架空の企業、架空の話。それでも、実際のアメリカ(資本主義)社会の現実(事実)を告発するインパクトは大だ。米国(日本も含まれる)が抱えている格差社会の現実を突きつけているのだ。
でも、もし、あなたがファーストフードのハンバーガーが好きで、何度も口にする方なら、この映画は見ないほうがいい。精神衛生上よろしくないもの。知らないまま「おいしいなー」と、小銭で買えるしあわせに浸る人生も、まあ悪くないかもね。
ストーリーはこうだ。大手バーガーチェーンの幹部が、牛肉パテから大腸菌が検出された。表沙汰になったら大変。社長命令での秘密裏に調査を行なう。契約の食肉加工工場の視察。社員教育も行き届き、明るく、衛生的で、雑菌が混入する余地などない。(こんなこと最近、お隣の国でもありましたなー)。しかし、周辺に生きる関係者などと出会うちに、その恐ろしいからくりが明らかになってくる…。
命懸けで入国した、メキシコ人の不法労働者をこき使う食肉工場。まさに、3Kの職場。思わずドラッグに逃げるものもいる。効率優先のラインで、事故はしばしばおこる。血みどろになり、悪臭漂う解体作業も、黙々と従事していく。『いのちの食べ方』より、センセンショナルに、屠畜と食肉処理の現場が映し出されている。ところが、そこまで搾取され、劣悪な環境に、不満や怒りを持ちつつも、「お金」という蜜にはかなわない。アメリカン・ドリーム、未来を夢みるからこそ、耐えられるのだろう。
そして、店舗のアルバイト店員もまた、安い時給で働かされている。その母娘の家庭は、アメリカの白人世帯でも何割かしめる負け組であろう。男を追いかける母は、冷凍食品やファーストフードで娘を育てている。さいわい、娘は、なんとか教育の力で、ここから脱出しようとしている。
その上に店長がおり、各支店の幹部おり、とても清潔なオフィスには、本社の幹部や社長がいる。一部のものが、膨大な利益を得ている。でも、不正の芽は、トップを含めてどこにでもある。当然、労働ピラミッドの各階層間は、完全に断絶されている。世界最大の外食産業たるファストフード業界を支えているのは、間違いなく最底辺に位置する人々のようだ。しかし、単純に、利潤追求と貧困、大企業と消費者という二項対立的に描かれていないところが、この映画の面白かったところだ。なぜなら、現実もまた非常に巧妙な、かつ複雑なシステムで、問題点が隠蔽され、いっそうの利潤と効率が追求されていくからである。
安い食品、低価の外食を求めることが、この先、どういう結果を招くかを、ぼくたちは本気で考える時にきている。単に、食の安全性だけではない。弱者へのしわ寄せと、わが身の安全を担保に、大企業は、さまざまなものを飲み込みながら利潤をあげ成長しつづけるのである。以前、日本でも、某企業の肉に、混ざりものがあるという噂がまことにしやかに流れた。あまりにも安いからである。もちろん、それはまったくでまかせであった。牛肉100%には偽りはない。でも、その牛の中身までけっして問われることはない。映画の中で、大物俳優がいっている「焼いてしまえばわかりゃしない」と。そして、化学的な人工の味付けがなされていくのである。
一方、若い、青臭い環境派の高校生が、行動をおこす。合成飼料で育ち管理された牛たちを牧場から逃亡させ、市民に事態を告知し、喚起を促そうとするのた。ところが、肝心の牛たちが彼らの思い通りにはならない。まったく行き当たりばったり、とてもお粗末な発想と行動である。しかし、「このままなら殺されてしまうぞ。逃げろ」と叫んでも、一旦、囲われ、管理され、当面のエサを確保された牛たちは、まったく無反応なのである。青臭い、幼稚な行動と、そして牛たちの反応。これはどちらも人ごとじゃないなーと思わされた。
ちなみに、監督は、ぼくの大好きな映画、『恋人までの距離』」と、続編『ビフォア・サンセット』(こちらかなり好き)のリチャード・リンクレイターだった。イーサン・ホークも出てます。なるほどね、面白いわけだなー。
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