『線路と娼婦とサッカーボール』
先週の京都シネマでの出来事。劇場に入ると、M先生が、ぼくを見つけてニコヤカに手を上げられた。「今日はお休みなの?」と思っていたら、お隣に女性の姿。これはこれは、お邪魔?と一瞬思ったけれど、ナナの保育園のお母さんで、最近のお仲間。ここも見てくれているかなー? なかなかぼくとの映画の都合がつかなかったけれど、またご一緒しましょう。それにしても、『線路と娼婦とサッカーボール』なんて、なかなかシブイ映画を見に来てるなー。
映画の舞台は、メキシコと国境を隔てる中南米はグアテマラ。ご存じですか? コーヒーで有名なところ。マヤ文明が栄えていたが、スペインに征服された。だから言語は、スペイン語。映画も、スペインの監督によるものだ。
世界的にみければ、けっして極貧国でないだろうが、しかし、富の格差は激しく、汚職も横行しているのたろう。
単線の列車の線路を挟んだボロ小屋の売春地帯、リアネ(線路)。たった3ドル足らずの報酬で、女たちがからだを売って、生計を立てている。これが、ここを訪れる男たちに払える相場なのである。
差別と偏見、暴力が渦巻く。警察も賄賂やレイブの加害者である。常に、死とも背中合わせな劣悪な環境の中で、あまりにもたくましく、明るく女性たちが生きている。家族や子供に夢を託している。一方で、男たちのなんとなさけないことか。貧困による無教育、就職難。アルコールに溺れ、暴力や犯罪で刑務所を往復し、ますます貧困、訓練の機会もなく無職、そして暴力……悪循環を繰り返すばかりである。
娼婦たちが地位向上を求めてデモをしても、一度ニュースなればそれでおしまいである。それならば、娼婦によるサッカーチームを作ろうと努力の結果、実現してしまう。狙いはあたって、マスコミの取材攻勢をうける。ところが、同時に、いわれなき偏見と非難がさらに増す。汗でエイズに観戦したらどうしてくれるのかと抗議が殺到する。新興のキリスト教の牧師だろうか、「悪魔、地獄に落ちろ」と彼女たちを罵倒する。「恥さらし」との怒号が飛び交う。しかも、急造チームは、いつまでも勝ち星はない。
ところが同時に、支援者やサポータも現れる。しかも、彼女たちも、けっしてくじけたり、負けたりはしない。ますます陽気に練習を重ね、婦人警官とも試合を行なう。とうとう、単なる好奇心を超えて、新たなムーブメントとなり、隣国エルサルバドルにも普及。娼婦チーム同士の国際親善試合まで実現してしまう。その試合に大勝利。意気揚々と帰国となるはずが、現実は、あまりにもあっけない結末を迎えるのである。 この結末の、ひとりひとりの現実のテロップが複雑にのしかかってくる。
それにしても、こんな絶望的で、劣悪な環境の中での女性たちの天真爛漫な明るさはなんなのだろう。一方で、深い罪悪に苛まれたり、暴力やレイプ、数々の信じがたいまでの悲劇に見舞われている女性たちの深い悲しみの涙も、カメラはしっかりとらえている。そんな中で、悲劇と暴力で盲目寸前の、年老いた元娼婦の歌声にも心が揺さぶられた。
彼女たちには確かに護るべきものがあり、そしてそれは、彼女たちのかすかな明るい希望なのかしもしれない。涙でも、悲劇でもなく、そのあまりの明るさに、ぼくは妙に心奪われた。
これも、いま、ぼくたちが生きている、そしてぼくたちが作り出している、まぎれない世界の現実なのである。
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