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3月の輪読法座~三度目の成仏(2)~

 今日の輪読法座は、仏青世代の初めての参加が2名あり、福井からの参加もありました。大人数にはならないけれど、輪読の輪を小さくすると、ワングループで話し合うには、ちょうどいい人数でした。

 前月に引き続き、悟朗先生の誌上法話の『三度目の成仏』の2回目。前回、あまり進まなかったので、いやな予感があったのですが、P6の「五存七欠」~P11の「南無の心」までと、結局、最後まで終わりません。

 別に、大きく脱線するわけではないのに、Mさん、Tさいんを中心に、ぼくもいろいろ絡むものですから、けっこう、いろいろな深い味わいも出まして、まだ3頁が残りました。4月には2号の華光誌が出ますが、ここを飛ばしてしまうにはあまりに勿体ないということで、次回もこの続きから入ることにしました。

 正信偈や、信巻の引文などのお聖教を通して、悟朗先生の深い味わいを聞かせもらいました。ひとつ、ひとつの言葉が重いですね。ああ、ここにも、あの言葉にもと、いろいろと気づかせてもらうことが多かったです。

 また未信の方の、たとえば、「『一劫の覩見』『五劫思惟』という、まったく私には理解できないところを、獲信者は実感をこめて喜んでおられるように思う。ところが、今日の話では、それはまったく私には理解できない、凡夫の身では計らいも超えていて分かるはずがないと喜んでおられたように思う。そこは、ハッキリとわかるようになるんですか」とか、「南無阿弥陀仏にすべての万行、万善が封じこめてあるというのは、南無阿弥陀仏は呪文みなたいなものなんですか」などなどの、素朴な問い掛けや味わいを通して、結局、

「阿弥陀仏が、南無阿弥陀仏に姿を変えなさったところをよく聞かせてもらわないかん。」

「南無の心がこっちに移ってくる。そういう姿に変わってくださる」。「六字の姿をよくよく心得よ」という、蓮如様のお示しを、悟朗先生の言葉を通して、皆さんと味わわせてもらった気がしましす。

 もちろん、途中には、京都支部の名物ご夫妻の、夫婦ゲンカ(犬も食わない)というのか、夫婦漫才(?)というのか、最後には丁々発しての掛け合い法談も、両者エキサイトし、緊張する場面もありましたが、最後は南無阿弥陀仏に摂め取られた気がしました。

 蓮如上人ではないですが、華光誌は、読めば読むほど、「黄金を掘り出すようなご法話」です。どうぞ、皆さんもご参加ください。次回の予告

 日時:4月26日(土)1時30分~5時

 内容:67-1号の誌上法話の続き。67-2号の巻頭言にも進みますので、1号、2号ともにご持参ください。

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コメント

ひとり、ひとりのお言葉、お気持ちを大事に聞きあい、話し合われているように感じます。
地元でも輪読会をしているのですが、内容も、ひとりひとりのお言葉、お気持ちも、さらーっと流されていってしまっているように感じています。
信、未信かかわりなく、華光誌を読んで、今、感じること、味わっていること、わからないこと、などをひとり、ひとりが生き生きと話あい、聞き合えるような輪読会にしていきたいです。

投稿: Tねこ | 2008年3月10日 (月) 15:11

 Tネコさん、いらっしゃい。
 そうですか。気合をいれる意味でなんでしょうか。
 先生がおられくなくても、毎月の支部法座以外にも、輪読やカウンセリングの体験学習と、自主的に活動を展開されているのに、敬服しています。
 そろそろ場数だけなく、内容の吟味に入ってくる時期かもしれませんね。これからが楽しみです。
 
 また16日(日)は、「王舎城の悲劇」を通して、権化の仁の心をいただこうと思います。お約束どおり、スライドも観ますが、ぼくが法座でするのは、初めてです。楽しみにしています。いろいろとお世話樣ですが、よろしく。

投稿: かりもん | 2008年3月10日 (月) 23:26

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