『日本の10大新宗教』
こんなタイトルの本が、何十万部もの売り上げをのばしているそうだ。
日本人にとって「宗教」とは、非科学的で、胡散くさくて怖いという脅威のイメージが、ハッキリ定着している。しかし、その場合の宗教とは、伝統的な仏教やキリスト教ではない。ここにあげられているような、いわゆる「新宗教」、少し前なら「新興宗教」といわれるものに、なぜか眉をひそめる。
島田氏が指摘するとおり、「宗教」という概念は、明治時代に一神教のキリスト教と共に、西洋からはいってきたもので、当時も、いまも大多数の日本人は、どこかの仏教寺院の門信徒であり、地域の氏神樣の氏子であって、この時、輸入され翻訳された「宗教」という言葉で計るかぎり、「私は無宗教です」と標榜する人たちが、大量に生まれたのである。このあたりの詳細は、『日本人はなぜ無宗教なのか』(阿満利麿著)の一連の新書が面白い。
ただ、担当がつけたであろう「新宗教には、なぜ巨大なカネが集まるのか」というオビはいただけない。本書では、各新宗教の集金システムや勧誘方法などに、あまり触れていないからだ。
「10大」というのも、ベスト10の意味ではない。正確には、1、天理教、2、大本、3、生長の家、4、天照皇大神宮教と璽宇、5、立正佼成会と霊友会、6、創価学会、7、世界救世教、神慈秀明会、真光系教団、8、PL教団、9、真如苑、10、GLA、という形で、分派も含めて15の巨大教団が紹介されている。これは、あくまで宗教学者の島田裕巳氏が、この時点で独自に選んだもので、キリスト教系の新教団は含まれていない。
つまり、仏教なら、日蓮系か、真言の修験道系の影響がある。また、大本からの分派などは、神道系の影響を受けている場合が大方である。そして、もしその教団が、戦前から続く場合は、なんらの形で、国家からの弾圧を受けているということである。その代表が大本だが、天理教も、生長の家も、天照皇大神宮教と璽宇も、PL教団の前身もそうだ。中には、詐欺まがいのものあるが、大方が、天皇制の国家統制による思想的弾圧で、教祖も逮捕されているケースもある。中には、過激なまでに翼賛的であるのに、逆に、その過激さ故に国家の干渉を受けた生長の家などもある。
要は、民衆の生きた力が恐ろしかったのであろう。その点、伝統的な既成仏教教団は、軒並み牙を抜かれ、子猫のように従順だった。これは、いまも同じである。まったくエネルギーが感じられないのは、なぜか。
ところで、本書は、新書判という制約があるので、総花的になり具体的なエピソードはあまりない。その点、『日本ばちかん巡り』(山口文憲著・新潮社)は、そんな教団本部、十数カ所を巡ったルポルタージュ。読み物としてもなかなか楽しめて、面白かった。
最後に、ぼくの個人的な思い出を一つ、二つ。
華光の聞法旅行で天理市を訪問して、巨大な建物と、あちち、こちらで信者たちが車座になり、活発化広げられていた小さな座談会(本願寺の御影堂では絶対にありえない)に驚き、刺激を受けた天理教。
そして、真宗カウンセリングを通じて関わりがあった立正佼成会。そこから分派し、やはりカウンセリングに取り組もうとされた妙道会(幹部が、聞法の集いに参加している)などがある。
特に、本書でも立正佼成会が、その伝道手段として活発な法座活動を行なっていることに触れられている。実は、この法座活動を蓮如上人から学んでいることを、立正佼成会の研究機関の論文が発表していた。そして、本書では触れられていないが、佼成カウンセリング研究所を設立し、教団ぐるみで、盛んに宗教的カウンセラーの養成をされている点がある。その研究会の仏教カウンセリングに関わってこられたのが、西光義敞先生である。つまり、本家の本願寺が真剣に取り組まない、座談会中心の法座活動や、カウンセリング活動など、教義を超えても良いものは積極的に取り込む、柔軟さがあるのだ。これは立派。当然、そのことの重要性を訴え続けてこられた先生を高く評価されていたのは、本願寺より、こちらの教団だとういうことか。これは、真宗人としは、かなり恥ずかしい。
その西光先生がご逝去されてからしばらくして、立正佼成会の関係者から電話を受け取った。「生前、たいへんお世話になった先生のお墓参りをしたいのだが、どこにお墓があるか」という問い合わせだった。でも、ぼくは知らなかった。そういえば、わが家には墓はない。一度も、先祖の墓参りをしたこともないし、これからもそうであろう。父も、ぼくも、そんなところに死後居るとは、まったく思っていないからである。石に手をあわせても仕方がない。
それはそうとしても、大恩を受けながら、墓の場所も(たぶん、ご自坊なんでしょうか)知らないとはなーと少し恥ずかしかった。それ一つとっても、先祖供養を大切にされている教えだということが分かる一幕だった。
ほかにも、興味深いエピソードがあるけれど、今はこのあたりで。
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