『トランシルヴァニア』
『トランシルヴァニア』 こう聞いて、ピンとくる日本人は少ないだろう。トランシルヴァニアがある地域をさすと聞いても、よほどの地理好きじゃないかぎりはわからない。
トランシルヴァニアには「森の彼方の国」という意味であり、12世紀の文献にあらわれる、ルーマニア北西部の歴史的地名だそうだ。
いまや、世界は、ソ連邦に代表されるように、多民族の巨大国は崩壊し、分離する方向に進んできた。お隣の中国にも、台湾やチベット問題などさまざまな難問を抱えている。ところが、一方で、欧州連合(EU)のように、毎年、拡大しつづける連合もある。EU=ヨーロッパではないはずだけれども、いまやぼくたちの感覚では同義語である。中心は、フランス、ドイツ、イギリスに、イタリアぐらいで、あとは周辺国という感覚もある。その周辺国が年々拡大しているのである。当初、経済統合が第一義的であったEUも、政治的統合にも大きな意味を持つようになり、そこに加えて、宗教的統合もあるそうだ。もちろん、キリスト教である。ところが、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連まで解体した後、東欧の国々、さらにはトルコやルーマニアなどのバルカン諸国へも拡大していく。ルーマニアはともかく、トルコまでがヨーロッパとなると、どうも日本人のぼくの感覚ではわからない。
まったくつまらない前置きが長くなった。
いまは映画の話である。
ロマの楽師を追ってきた、傷心のパリの女性。この地で、さらに深く傷つきながらも、出産し、再生していく。まるで寓話のようだ。でも、この手の作品は、ストーリー云々は関係ない。「愛を求めて、何処までいく-地の果てまで」と小見出しのついた映画であるが、そんな陳腐なものではない。この地の果てが、「トランシルヴァニア」、つまり「森の彼方の国」ということになる。
荒涼とした風景が映る。言葉がなくても、その荒れた、地の果てが画面から伝わる。貧しさも伝わる。社会主義時代の歪みもあるのだろう。どんよりした天候がその空気を如実に伝えている。
ルーマニア人、ハンガリー人、ドイツ人、アルメニア人、ユダヤ人に、そしてロマとさまざまな民族が融合し、異民族の侵入が絶えず、政治的にも複雑な地域。宗教も、ルーマニア正教に、カトリック、ギリシャのカトリック、ユダヤ教に、さらに習合や融合しているのだろう。どこかおどろおどろしい。魔女のような老婆が登場する。怪しげな占い、黒魔術のような儀式。異国の民族音楽に、ダンス、ダンス。もう身体表現が違うのである。ロマの文化に温かい光りがあてられる。そして、彼女が身体に描き(タトウー)、自らを守る、象徴的な記号が、効果的にあらわれる。
言葉よりも、風景、音楽、そして身体そのものが語りかける映画なのかもしれない。エキセントリックな、過激な配役が多い主演のアーシア・アルジェント(こわいほどの眼力がある)も、相手役の男優も、すごく存在感があった。
この地の果ても、とうとう今年、ヨーロッパになったのである。
それとも、まだ、「森の彼方の」異教徒の国なのだろうか。
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