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仏旗

 華光会館の隣の工事も大詰めにはいった。いまは境界添で、1mと離れていないぼくの仕事部屋はとにかくうるさい。もちろん、騒音や振動はお互いさま。まあ、仕方がないとして、当然、ちょっとしたトラベルも起こったりしている。

Img_1862  その一つが、華光大会の最中におこりました。日曜日以外は、土曜日も仕事があるので、大会当日も中日が工事。大型の重機車輛が通過したとき、仏旗をひっかけ破ってしまImg_1866ったんです。たまたま同人の方が目撃されていた。まあ、こちらも旗が道路に出ていたので、お互いさまとも思ったけれど、役員さんの交渉の結果、あっさり弁償してもらうことになりました。

 というわけで、華光誌が終わったし、1月1日に修正会もあるので、本山近くの法衣店に仏旗を購入に出かけました。

 仏旗、別名六金色旗(ろっこんじきき)ともいい、仏教を信じるものの「旗じるし」、「仏様の旗」です。六金色とは、青・黄・赤・白・淡紅の5つの色と、その5つの色が混ってできる色(五色混色)とを合わせて六色。そのおいわれには諸説ありそう。

1)『小部教典』の「無礙解道」のところで説かれているお話が由来している説

2)釈尊が菩提樹の下で悟りを開いた時に放った六色の光から取ったものだという説

3)『涅槃経』(大乗経典)から取ったという説

の3説がある。そのうち、3)には、印度に古くから六金色として六種の色が伝えられていて、『涅槃経』の中に「涅槃(釈尊入滅)の時に、釈尊のお顔から色々の美しい光が放たれた。その青・黄・赤・白・玻璃(はり)・瑪瑙(めのう)等の光は、広くあらゆる世界を照らし、この光を受けたすべてのもの(六道=地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)は、みな苦しみと迷いの全部を除かた」と記されるそうだ。その光の中瑪瑙は淡紅、玻璃は水玉ともいわれ無色透明で、他の五色を映し出すので五種混色として表しています。釈尊は、金色は広くあらゆる世界(東西南北上下の六方、たまは六道)の一切衆生を、あまねく照らし護って下さている。この六金色旗は、ブッダのお光と、そしてここではお慈悲を表しているそうです。

 全日本仏教会のHPでは、

青(緑):仏様の髪の色で、落ち着いた心で、力強く生き抜く力「定根」。

黄:仏様の身体の色で、不動な姿、確固たる揺るぎない性質「金剛」。

赤:仏様の情熱ほとばしり血液の色で、常の大いなる慈悲の心で人々を救う「精進」。

白:仏様が説法される歯の色で、清純なお心で悪行、煩悩の苦しみを清める「清浄」。

樺(紫):仏様の身体を包む袈裟の色で、あらゆる事に堪え忍び怒らぬ「忍辱」。(いまでも、南方仏教(スリランカやタイ、ビルマ)の僧侶の袈裟は、この色。それが日本では、長らく紫で表現されていたわけです)

 と説明されていました。ひとつ、ハッキリしているのは、これを考案されたのは、米国の陸軍大佐オルコツト氏という点は共通。セイロン島(現在のスリランカ)に渡り、仏教信者となり、仏教研究をされて創案されたものが、明治20年(1887年)に日本へ来られると共にこの仏旗を伝えられと言われている点です。

Pict01_2  あと、旧来の日本的な色合いから本来のものへと変化していることですね。120年ほど前に作られた世界共通の仏旗が、日本では空風火水地を表す青黄赤白黒の五色を基調にしてていた(いままでの華光会館のもの)から、本来の色調に戻りつつあるようで、従来のものと2種類ありましたが、全日本仏教会推奨(写真)にしました。雰囲気変わりました。原色の緑が青に、紫が樺色になった分、ずいぶん落ち着いた雰囲気しますね。

 ちなみに、心配していたお値段も4620円也。弁償してもらったとはいえ、案外、お安くすんでホッとしました。

 というわけで、気分一新。1月1日の修正会にお目見えします。

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