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七歩の歩み

Img_1368  二女の4歳の誕生日。書道教室があったので、お祝いは明日になったが、今夜は、連れ合いの手作りケーキを、みんなでデェコレーションして、お祝いした。

 昨年のものをコピーして張り付けてもいいほどの感慨なのだが、この前の仏青大会でも、子供大会出身者の成長に、目を丸くした。少し前まで、子供だったのが、大学生になり、社会人になり、結婚話がおこる。法味、心境の上でも、立派な友同行としての深い味わいを語られるようになった。その急成長ぶりに驚かされるのだが、毎日過ごしているわが子の成長となると、なかなか時間がかかるように思えてくる。

 2歳半ぐらいから、「自我」が芽生えてきた。なんでもかんでも、「じぶんで、じぶんで」と、出来ないことでも自分でやりたがる。願いどおりならないと号泣し、叫びながら主張しまくっていた。それが、4歳を前に、少しだけこちらの話が伝わるようになってきている。保育園にも慣れて、徐々に(とても小さな芽だが)社会性が芽生えだしているようである。もちろん、まだまだ目も離せないし、手もかかるのだが、そのしぐさ、ウィットのきいた言葉、存在そのものが、無償に愛らしいのも事実だ。

 家族で、誕生から成長までの写真を観た。母も、この子も、いのちがけでこの世に生を受けてきたのだった。助産院の一室で、生まれ落ちてすぐに抱かせてもらった時に、そのいのちの重さに涙が溢れてきたことが懐かしい。せっかく人間界に生まれてたきのである。この迷いのいのちを一歩出てほしい。誕生したばかりのお釈迦様が、一歩、二歩…と、七歩歩まれてように、この迷いの六道を離れるために、この世に出させてもらったことに因んだ名前をつけさせてもらった。

 この一年。さまざまな慈愛をいただき、数限りないいのちを奪い、あびるほどおかげをいただいて、無事にいのちをつながせてもらってきた。いや、それはぼく自身も、まったく同じである。にもかかわらず、あいかわらず自分中心で、怒りに狂い、欲に溺れ、不平、不満の愚痴ばかりの「おれが、おれが」の一瞬、一瞬である。恥ずかしいことに、まったくこの姿に変わりはない。いや、変わらないどころか、ますます荷物が増えた分、ひどくなっていくようだ。この一年も、まったくお恥ずかしい、お粗末この上ない身のまま、凡夫丸出しで、恥じることもなく、地獄の業をつくる生活を送っているのである。この身には、世を超えた南無阿弥陀仏に出遇うことがあければ、絶対に、この一歩が踏み出せることはなかったのだなーと、お念仏させてもらった。

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