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大悲摂化

  広島には、毎月、支部法座にお招きいただています。6月は、(9月と、昨年のみ8月も)恒例の宿泊法座です。今回は、広島支部以外に、高知からも参加してくださる方もありました。

 意訳(現代語訳)で、『大無量寿経』の三毒段を、諄々に味わってまいりました。

 ここを通して読むだけで、ほんとうにまいります。グーの音もでない、痛ましい私の迷いの姿。単に、貪欲は「むさぼり」、愼恚は「いかり」、愚痴・無明は「おろかさ」と、きれい分類できるものではなく、それぞれが絡み合い、影響しあい、まさに複合汚染として、煩悩具足し、悪道に導かれる痛ましい姿が、具体的に、具体的にわが身に沿って述べられています。

 むさぼりが、怒りを生み、畏れおののき、そして、愚痴によって、またむさぼりやいかりが増していく。小さな憎しみが、怒りになり、怨みになり、恨みになっていく。財への執着、愛情への執着。気に入るものを近づけたい(貪欲)、不快なものを遠ざけたい(愼恚)と、必死!必死!必死!。そのことで、身近な家族も他人を、苦しめ悩ませるだけでなく、自らも心を閉ざしたり、胸をかき乱して寿命を縮めるほど悩んでいる。

 当然、善悪因果の道理を否定し、仏道を歩まず、ただただ真っ暗な後生へと、狂気の声を上げて落ちていく。その痛ましく、哀れな現実を、如来様の大悲のおこころだけが、ありのままに、畏れることなくみそなわし、救い取る手だてをご成就したことをお示しくださる。そのおこころを、ただお聞かせに預かるだけなのに、「易き往くして、人無し」です。

 お釈迦様は、そこを、1)三毒五悪の故に、2)難遇善知識の故に、そして、3)仏智疑惑心の故だと誡められると同時に、ただ弥陀の本願を一つをお勧めになってくださっています。そのお心の尊さ、勿体なさを、皆さんでいただきました。

Img_0564(←被爆した石で刻まれている)  ところで、会場は、原爆被爆者の療養保養施設で、一般にも開放されています。牛田山(?)からの眺望が見事で、大田川(とその支流)が眼下に流れ、夜景がとてもきれい。でも、わずか、60数年前Img_0566 には、ここら一体が、未曽有の焦土と化し、川面に焼け爛れた死体で溢れていたのでしょう。今回の参加者の中にも、被爆されている方がおられるのですが、今では、まったく想像もつかないのです。

 しかし、それが事実なんてす。いまでも、美しい眺めも、一瞬にして焦土に化する恐ろしい業をお互いがもっている。私達の共業のあらわれ、三毒五悪の究まってもたらされた人間生活の悲劇と言えるわけです。

Img_0546 自利利他円満し、智慧と大悲が満々ている、お念仏の教えに遇わない限り、真の平和や安らぎもありませんね。

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コメント

一念覚知説について答えよ!

(1)一念覚知説とは、何か答えよ。
(2)華光会が一念覚知の異安心でないと主張するなら、そうでない根拠を挙げよ。

投稿: 伊藤康善に恨みあるもの | 2007年6月 5日 (火) 00:24

「ありのままを畏れることなくみそなわし、それを救い取る手立てをご成就したことをお示しくださる。」
~あったかいです。

帰ったら、娘が「なもあみだぶつ」と墨で書いてプレゼントしてくれました。
そして、「がんに~し~くどく♪びょうどうせ~いっさ~い♪」と歌ってくれました。

なもあみだぶつ

投稿: Tねこ | 2007年6月 5日 (火) 08:12

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