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ワールドワークの感想(1)

ぼくの中に、ぼく自身が抱えている課題があります。

それは、ぼく自身の極めて個人的な課題であると同時に、ぼくが両親から意識・無意識に関わらず引き継いだものでもあり、それは先祖(人類)から流れているものであり、または、環境の中で育まれてきたものでもあります。

 そんなことを考えると、とても大げさになるけれども、要は、いまのぼく自身が直面する課題にほかならないわけで、当面は、この45年間の生涯の中で、築かれてきたぼく自身にほかなりません。だから、ちょっとや、そっとで、簡単に変化するものではないけれど、なにかその向かうべき方向性みたいものはあるんじゃないか。そのところを、ひとつひとつ、まさに一歩、一歩と歩いているんだなーという実感があります。

 今回のプロセスワークでも、そんな課題の一旦に確実に触れた気がします。

 自己紹介や内容説明のあと、導入に、簡単なワーク(フォーカシングのようなものでした)がありました。

 自分の体の感じに焦点を当てるものでした。ちょうど、抱えている2、3気になる問題がありました。(数日前に、自転車同士の、小さな接触を起こして、被害者?加害者?的なことで、なかなか自分の本心が言いづらいと思うことが続いていました。)。それを「からだ」がどんなふうに感じているのかに焦点があててみると、ミゾウチのやや左上あたりの、少し深いところになにか違和感を感じました。そこに絞って焦点をあてていくと、それらは、とても重くなりました。しかも、表面の皮膚の部分ではなく、少々深いところに、固まっている。それをイメージすると、黒いものが内蔵のおくに隠れて広がっているようです。

 次のステップで、ファシリテーター(一般でいう講師ですね)から、「それがそこにいることを認めてあげてください」との指示があったけれど、「そこにいてOKだよ」と声をかけようとすると、「いやダメだ。NO」という声があるんですね。これにはビックリしました。自分の中にある嫌なものを、認めたがらないものがあるんです。でも、その声に深く関わらないで、「またそこはゆっくり聴きますから、いまはOKを出そうね」と、やさしく提案すると、受け入れもらえて、「OK」がでました。

 次に、その黒い重い固まりが動き易いように、スペースを作るステップになりました。隠すように、臓物と臓物の内で、小さく固まっていたシコリのようなものが、徐々に動きだすと、堅い固まりが、やわらかなブヨブヨとしたビニールようなものに、真っ黒な液体状の袋となって、現れてきました。瞬間、これがはじける姿を想像しました。そして、きれいだった回りをコールタールのように黒く汚していくのでした。でも、そうなることを、嫌がっている部分と、なにかはち切れて破れたい、爆発したい部分とが、拮抗しているかのようでした。

 で、最後に、その意味を味わうことになりました。どんなメッーセージがあるのか。からだに聞いているうちには、思わぬ展開に驚いていましたが、ちょっとこのステップになると、「こじつけて、解釈しているのかな?」と思わなくもない気がしました。もしすかると、もう少し、経験の中にいたくて、言葉にするのには早かったかもしれませんね。

 でも、初めての方と組んで、二人組で分かちあっているうちに、いろいろと味わうことがあります。

 どこかで、優等生というか、いい子になっているんですね。立場上、それは求められることでもあるかもしれない。善き指導者、善き上司、善き父、善き子…。(ほんとうにそれが出来ているかはともかく)人の話はよく聴き、なるべく問題を起こさず円満に、自分を殺してでも、伝わってきたものを大切にするという姿ではないか。それでいて、汚れることを畏れている。または汚れていくことを怖がっている自分の姿のようにも思えました。

 その意味では、なにも変化していません。でも、このことに気がついて、自分の中で、なにかがグーンと動いた、開いた気がします。まずは、黒い部分を抱えていることがOKだということ。そのことで、嫌な気になることもOKだということ(ここがけっこう収穫ですね。弱さを克服しないとと思っていましたから)。そして、それを抑圧するのでなく、逆に自由に動けるスベースを与えていくと、動くように動いていき、そのことをコントロールする必要がないことにも経験できました。

 そのあとのワークでもそうでしたが、ぼくの中での男性「性」の部分、ある種の暴力的な部分、そこまでいかずとも、腹底から大声をだしたり、激しく号泣したりする部分が、表に動いた気がします。

 まずは、前半戦。これから、真宗カウンセリング研究会に出かけてきます。

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コメント

 とても興味のある内容でした。私も、極めて個人的に絶えず頭の中にある「課題」があります。まだ、自分自身の言葉にならないのですが、「それは先祖(人類)から流れているものであり」「なにかその向かうべき方向性みたいものはあるんじゃないか」「黒い部分を抱えていることがOKだということ。そのことで、嫌な気になることもOKだということ」「そのことをコントロールする必要がないことにも経験できました」「ある種の暴力的な部分」「表に動いた気がします」という言葉に強く反応し、共鳴した何かだと思います。

投稿: newborn | 2007年6月21日 (木) 09:25

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