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仏青研修会の法話

 明日は、寒中仏青研修会です。

 一時、固定した常連組で大盛況だった仏青も、徐々に新しい人が増えてきています。一方、常連組は安定した活躍を見せながらも、就職などで少しずつ顔ぶれが変化しています。

 明日も、初めての方や、比較的新しいご縁の方も多いですが、一方で、後生の一大事を求める人もいれば、常連でかなり聞き込んでいる人、惰性的に参加している人もいるわけですから、同じ「若い」といっても、一括りでは括りません。その意味では、皆さんに合うご法話をするのはなかなか難しい。

 今回の法話も、最初の素案は「法蔵菩薩のご修行」ということを考えていました。急遽、変更しました。というのも、家内の紹介で、また新しい人が来てくれますが、ほんとうに初めての聞法なので、ぼくのところは、なるべくこの方々に合せていきたいと思います。

 ただ、分かりやすいお話に努めたいけれど、仏法の難しいところは、分かりやすかったらそれでいいというものではないところですね。難解な仏教用語をやさしくしたらそれだけでいいのか。また聞き手のニーズにあった話ならそれでいいのか。というと、やはりそれだけでは、「けっこうでした」「ありがたいお話でした」で終わってしまう。

 やはり、いま、ここでお話聞いている「自分」というものが問題になる、仏様の視点から自分が問われる聴き方、そして、そのきっかけになるようなご法話が大切なんでしょう。単なる感動的な話、ためになる話、知的な理解を深めるだけなら、別に真宗のご聴聞でなくてもいいわけですからね。もちろん、法話ですべてを覆うわけではないけれども、皆さんの時間をいただいている以上、大切にしていきたいですが、けっしてやすい話ではない。ただ、話し手自身も、ご法に照らし、自分を問いながら話すしかないですね。

 テーマは、オーソドックスに「自分を知る」ということで考えています。まず、迷っている自分という位置づけがないと、聞法にならないわけですら…。「こころの四つの窓」の話をする予定です。

稜季の父ちゃんさん>お久しぶりですね。いつも深いお味わいをありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします。

 

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