『麦の穂を揺らす風』
昨年12月に観た、ケン・ローチの『麦の穂を揺らす風』。カンヌのパルムドール(最高賞)受賞作。大いに期待していた。彼の弱者や、苦悩する若者に向けた視線の温かさ、鋭さ、そして繊細さに共鳴することが多い。(とくに、彼自身の幼年期の投影であろう『ケス』と、貧困に喘ぎ、図らずも犯罪に手を染める若者の苦悩を描いた『sweet sixteen』が好きだ)
今回は、英国人の彼が、真っ 向からアイルランド問題を、歴史的な視線で、しかも名もなき人達の、無数に積み重ねられたであろう不条理な弾圧や犠牲に光りを当てた作品。
第一次大戦後、緑深きアイルランドで、医師になる将来を捨てイギリスからの独立闘争に身を投じる、青年デミアン(『プルートで朝食を』で女装していた彼(女?))が、主人公。多くの犠牲と、ゲリラ闘争の末に、イギリスは(従属的な独立)という懐柔政策を行う。その結果は、アイルランド内部で、昨日までの味方同士の争いとなる。支持派・完全独立派が敵・味方に分離して、すさまじい内戦を引き起こす。昨日までの友が、親子、兄弟、恋人が引き裂かれて、またしても悲劇が繰り返されていくのである。
ある種、つらい映画だ。しかし深い問題意識がここにはある。単純な人間讃歌でも、空想的な戦争反対でもない何かが伝わって来る。愚かな人間の行為に関わらない、アイルランドの豊かな自然と、その映像美。英国や権力側の過酷な弾圧の数々。しかし、単純に「正義か邪悪」という単純な二者択一ではなく、善の中にも、悪あり、善あり。また悪の中にも善あり、悪あり。同一の個人においても、国家においても、立場や状況によって、それもまた刻々と変化していくという事実を、常に見据えている。また、テロや暴力が突然、起こるのではなく、そこに連なるまでの過去の歴史(因果ですね)が必ずあり、そのプロセスを丁寧に理解しない限り、力での弾圧や抑圧だけでは、憎しみの連鎖を繰り返すことをも示しているように思えた。
独立戦争中に、裏切った友人を処刑するシーン。そして、内戦時に、兄弟が敵味方となり、またしても、一方を処刑するシーン。そしてその、死後の事後処理の逸話が、ある種のシンメトリー(対称的)をなしていて、この暗示部分にこころを揺さぶられた。
決して甘くはないが、観て損はない名作。
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