« 回りは体調不調な人ばかり | トップページ | 『感情』 »

『太陽』と、『フアザー、サン』~アレクセンドル・ソクーロフ

 昭和天皇の映像化ということで、日本での上映が一時は躊躇われた、アレクセンドル・ソクーロフ監督の『太陽』。仏青の飲み会などで話題をすると、けっこう華光の若い人達が見ていました。話題作でした。

Thesun_01  昭和天皇の、終戦直前の日常(ボツダム宣言を受諾する御前会議の時ですか、歴史的な日です)と、GHQ統治下の日常(こちらもマッカサーとの初対面の時ですがら、歴史的な1日のはず)を、「現人神」と、現実の「人間」天皇との奇妙で、ときにユーモラスな乖離を、好意的な(恣意的な意地悪さを感じなかった)視点で捉えられている。音楽や映像も、ある種、幻想的でした。これはまぼろしなのかもね。

 別に、サスペンス仕立てでもないのに、ちょっと緊張しながら、ドキドキしました。ぼくも日本人だなー。昭和天皇がこんな形で描かれると、次どうなるのかと心配になってきたました。とにかく、日常生活の中にこそ、実は、天皇の本質が表れていると感じました。近習からも、畏れおおい「現人神」としてまつり上げられ一方で、自身は「人間」であることを感じている、そのギャップの滑稽さ、天皇の人となりのユーモラスな一面を、イッセー尾形から物真似以上の何かを感じまして、意表をつかれた思いでした。桃井かおりの皇后役も、世間の人を超えた雰囲気がよかったです。

 『太陽』に合せて、京都みなみ会館で、ソクーロフのミニ特集やっておりました。2年ほど前にみた、エルミタージュ美術館内での絢爛豪華な作品にして、ロシア近現代史300年を眺望する『エルミタージュ幻想』。ぼく自身のキリトス教やロシア史の素養のなさ、文化的背景の違いが浮き彫りにされまして、あまりにも絢爛なのに、正直、退屈してしまいました。

 それでも懲りずに、彼の最高傑作の誉れ高いフアザー、サン』を観に行きました。はっきりいて、やさしいものではなかった。たぶん、彼の作品の中でも、音楽やセリフも多くて、見易い部類の映画なんでしょうが。退屈というわけではなく、どことなくあやうい緊張感が画面から伝わってきます。音楽、映像ともに、近頃のPOPな映画とは一線を画して、はかなくて、それでいてある種幻想的。シナリオやストーリーを追うのではなく、画面や音楽、映像などから釀しだされるその雰囲気、タッチから、何かを感じさせられる作品でした。ガラス越しに繰り広げられる若い将校と恋人の対話の、もどかしいほどの耽美さ。坂の町を走る路面電車の構図も、不安定なのに美しく、ラストの危ういような、屋根に積もり雪景色の場面も、遠くに暗い海がどこか幻影的でした。

 息子の父親の前と、元彼女の前で、同じセリフが印象に残りました。

 「父の愛は苦しめること。息子の愛は苦しむこと」。

 ほんとうの直訳は、「父の愛は十字架にかける。息子の愛は十字架にかけられる」だそうです。「放蕩息子の寓話」のたとえもそうですが、神と神の子イエスの関係を示しているのでしょうかね。どこまて理解できたのかと問われたら、かなり疑問符ですが、たまにはこんな映画もお勧めです。

|

« 回りは体調不調な人ばかり | トップページ | 『感情』 »

映画(欧州・ロシア)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『太陽』と、『フアザー、サン』~アレクセンドル・ソクーロフ:

« 回りは体調不調な人ばかり | トップページ | 『感情』 »