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懐かしさと、現実の厳しさと~日高支部法座~

  これから日高支部法座。今や、華光での一番の古老たちのふるさと。なんとも懐かしく、温かさを感じる同時に、老苦、病苦、死苦の厳しい現実も感じずにはおれない。

 小さな地域に固まっておられるから、6、7軒の月忌参りをさせてせらうことから始まる。高齢などで、なかなか法座にはお参りになれない人が多い。そのうち、ご主人や奥さんが亡くなられる家が、毎回ある。今回も一軒。月忌参りから、その家のご主人とご縁が出来て、大腸ガンの病苦を抱えられながら、半日だけでも華光会館にまでお参りされるようになってくださった。まったく信仰のことは関心がなかった方だったが、お参りからご縁がつながった。昨日もお悔やみの電話をいれると、奥様が、「最後は、喜んで、感謝で亡くなっていきました」との話だった。生前、信仰の最後の一線をほんとうに抜けられたかどうかは、わからないけれど、仏縁がつづくなかで、なにかひとつ確かなものが伝わったようである。夜のご法座の前に、6軒のお参りするのは、けっこうしんどい。しかし、皆さん、ほんとうに喜んでくださり、短い時間でも、近況とご法義話になっていく。高齢化は目に見えて進行し、そして病苦や認知症になられたり、連れ合いの介護にたいへんな人達が大半。向こうからお参りできないのなら、こちから窺っていこうと、皆さんのお待ちくださる熱意に撃たれて続いている。華光を支えてくださった大先輩に少しでも敬意を表したい。

 そして、翌日、朝から1軒お参りしたあと、今度は日曜学校がある。これも何十年続いていることだろう。ぼくが学生の、ほんとうに未熟なころからのお付き合いなので、たぶん25年以上になる。もう3代、4代目の子供たちもおられる。今回は、日曜礼拝のSちゃんがお手伝いをかねて同行される。

 70代以上の高齢者と、10歳未満の子供たち。間がないのが悩みのタネだったが、今度は違う。ここでもおなじみの「稜季の父ちゃん」さんたちが、若いお母さん世代、30代から40代の人達に声かけをしてもらって、ミニ集会をもつことになっている。これまでも何度かそんな機会があってが、なかなか定着しずらかった。でも、一座一座でも、必ず、次のご縁につながると信じている。その意味では何名参加されようと楽しみですね。

 では、3時間強のドライブにでてきます。

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