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己一人のために、学ぶ 

 日高支部法座から帰って来ました。

 ご法話だけでなく、運転に、月忌参りに、子供会にと、いろいろと忙しくて、けっこう疲れる法座ですが、今回は、とても元気。ひとつは、懇親会が、その日のうち(つまり0時前にに)終わたこと、二つは、大声をだすゲームをまかせて、若い手の分級を担当したからじゃないかな。前回までは遅くまでご法談されていた古老が、亡くなったり、高齢になられたこともあったし、壮年の方が、お車なのでお酒を飲まれない関係もあって、懇親会もそうそうに切り上げとなった。早く休ませてもらって、元気に過ごせた。

 家に帰ってくると、日曜礼拝の先生方がおられたので、家内の手料理を一緒に食べてもらうことになった。2日続けてのすき焼きのご馳走だったけど、楽しかった。

 月忌参りにいって、(最古参に近い)方のお家に、増井先生の色紙に混ざって、伊藤康善先生の色紙が、飾ってあった。伊藤先生が、そのお宅にお見えになり、残されていた言葉である。

「 學 

  世間道は人のために学び

  仏法は己一人のために、学ぶものなり                              康善

 

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コメント

伊藤師の言葉を脈々と受け継いでいる日高同人という集団が目に見える形で教えてくださる。頼もしいことであり、ありがたいことですね。
また伊藤師の言葉が、ぶれることなく現代の華光で当たり前のように話されている。すごいことです。
おかげで、今ここにいる「己一人」が学ばせていただいています。

投稿: MANU. | 2006年11月21日 (火) 15:19

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