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法座で、育ち合う(1)~仏青大会で気にかかったこと~

 仏青大会は、2泊3日、手頃な人数(20名~30名弱)で、じっくりと小人数の座談を中心に行う。しかも、20代、30代の若い人達が、自分たちで法座を運営していく。そのために、華光会館という場所が提供され、声をかけたら応じてくださる先生方が待機し、先輩のおかげでお金の心配もなく、常連も多いいので、ある程度の人数も集まってくる。いわば、一から準備をしなくても、その土台は出来上がっているのだ。パーツはそろっている。あとはどのような創意・工夫をし、それを組み立てていくのであるが、どう組み立てるかは、まかせられているというのだから、ずいぶんと恵まれている。

 10年前までは、仏青や子供会を、ぼくひとりでお世話していた時期がある。正確にいうと、ひとりでは出来ないのだから、皆さんにも協力をお願いしたが、所詮、お手伝い程度のかかわりだった。大会があれば、案内状作製し、発送し、名簿や名札をつくり、食事の手配に、参加者への呼びかけ、当日も進行に、会計にと、ひとりでやっていた。日頃の運営も、会員管理も、会計も、書類管理も、会報もひとりでやった。

 なぜ、ひとりでやっていたのか。要は、ぼく自身が幼かったのだろう。何かを頼むと、いやな顔をされたり、いい加減な仕事だったり、忘れられたりと、腹が立つことが多かった。忙しくても、精神衛生上いいのかなーと思った。まあ、ひとりで出来る範囲の集いだったし、そのことでぼく自身も、勉強させてもらった。ノウハウが身につくと、大変度数は軽減される。案内状も工夫して出せるしね。

 でも、それではほんとうに自分のためにも、みんなのためにもならないことを気づかされた。一方的に教えてもらい、お客さんで来ているだけでは、所詮、人ごとの仏法になる。第一、この先、ぼく自身が仏青の年齢でなくなるのだから。それからの10年は、ほんとうに大変だった。仏青が絡むだけで、カッカしていた時期もあった。ぼくから見たら、ほんとうに簡単なことで、また本人たちも、当初は、みんなも気楽に引き受けてくれた。ところが、それがつまずくのだ。続かない。たとえば、「毎月、法座案内に載せるので、前月の20日までに、担当とテーマを知らせること」という約束すら、2ケ月すると出来なくる。書類を順番にファイルしていく役。例会に来たら記録をつける役。会計を付ける役と、それぞれに役割を振り、マニュアルも相談して作っても、2、3ケ月したら、忘れられていった。そのことの繰り返し。ほめたり、おだてたり、おこったり、愛想を尽かしたりを繰り返して、やっとここまで来た。

 このことは、法座自体でも、座談会でも同じことだ。先生だけが孤軍奮闘で目立ち、「すごい。有り難い」といわれているだけでは、まだみんなはお客様だ。いかに、みんなが自分の問題として、法座でかかわっていくのか。いかに、共に育ち合う人間関係を築いていくのかが、問われいる。

 先生だけが、頑張って、立派な答えを提供するだけなら、常に依存関係に留まって、同行はみんな単なる聴衆。もっとも、その方が楽なときもある。頼られる側にしても、みんなに頼れることで、それが自身の生きがいになったり、自分の自尊意識の高揚に利用したりしがちであるから、ここのところは、かなり難しい。

(2)へつづく

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