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3歳の誕生日

 今日は、二女の3歳の誕生日。

 夜は、おじいちゃん、おばあちゃんも交えて、家族中で、お祝いに出かけた。京都の元田中にある、自然食のお店「キッチン・ハリーナ」。(仏青大会でもお弁当とったよ)。家族そろって、ごちそうをいただいた。よくあることだけれど、この手のお店で、食前と食後の言葉を言っていたら、お店の人がいたく感心しておられたが、そんなところに興味をもってくださることもうれしい。

 今度の仏青大会でも、子供大会出身者の早い成長に、目を丸くした。この前まで、子供だったのに、いつの間にか、大学生となり、社会人になっていかれる。アレヨ、アレヨとの急成長に、驚くばかりだ。それに比べると、わが子の成長の、なんと時間がかかるものか。3歳といっても、まだまだ赤ちゃん。2歳半ぐらいから、「自我」が芽生えてきて、なんでもかんでも、「じぶんで、じぶんで」と、出来ないことをやりたがり、願いどおりならないと号泣し、叫びながら主張しまくる。分別がついていないだけに、目も離せないし、一番、手がかかる。一方で、しぐさ、言葉、そして存在そのものが、無償に愛らししく、可愛い盛りでもある。いきおい、(世間にくらべるとかなりラフだが)子供を中心にした生活になる。

 3年前、母も、この子も、いのちがけでこの世の生を受けてきた。生まれ落ち、へその緒を切らせてもらい、母親の次に抱かせてもらったときに、その重さに涙が溢れてきた。この子には、迷いのいのちを一歩出る、六道、迷いを離れることを願って、それに由来する名前をつけさせてもらった。そしてそこから、さまざまな慈愛をいただき、数限りないいのちを奪い、おかげをいただいて、3年もの間、親子共々、無事にいのちをつながせてもらってきた。それにしても、ぼくはその間も、相変わらず、文句や愚痴ばかりでは、お粗末すぎる。子供の成長もなかなかだけれども、ぼくの成長はどうだかー。これも、とてつもなく時間のかかる、慈愛が注がれ、ご恩の注がれている話だ。

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法味・随想」カテゴリの記事

コメント

 私3才のお誕生日 覚えていません。2才1才ましてうまれた日のことなんて。気づけば今やった。雀斑になってた(苦笑)どないしてこんなに大きくなったかどないして生きているか 法に出遇わなかったら聞くことも思うこともしなかっただろう。

 いっぱい食べて遊んで早う大きくなってね。元気に育ってねとわが子を思い願う親はたくさんいてくれるだろう。でも>迷いのいのちを一歩出る、六道、迷いを離れることを願って・・・>さまざまな慈愛をいただき、数限りないいのちを奪い、おかげをいただいて、3年もの間、親子共々、無事にいのちをつながせてもらってきた・・・
こんな風に聞かして下さる親にそうそうデアエルことは稀だろうと思う。まして真実の親様に出遇うこと。
 親は 私の知らなかった3才までも 日々じーっと見守って下さっていたのですね。真実の親様は もっともっと前からじっとしておれず今もじっとしておれずに喚び護ってくださっているのですね。
そんな事を 思わしてもらいました。 

投稿: 雀斑。 | 2006年10月13日 (金) 14:27

 雀斑さん>
いや、まったくその通りですね。
 知らなかったら、「何もない」と自惚れてますもの。知らないところ、覚えていないところに、深い深いご苦労が、実はあるんでしょう。ましてや、犬、ネコの畜生や、地獄、餓鬼でもがいていた時なんて、まったくお話にならんかったでしょう。人身受け難しですわ。

投稿: かりもん | 2006年10月13日 (金) 17:56

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