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修繕工事一つに深いおいわれ

 9月1日。緊張気味に、朝を迎えた。

 前夜の雨が少し残っていたが、予定どおり、修繕工事が始まった。9月になったせいか、残暑も一息である。今日から1週間は、足場を組んだり、養生する外回りの作業である。朝、8時すぎ、2台の大型トラックが、足場の資材を積んできた。予想以上の量である。しかも、けっこうな人数が、熟練した技で、会館のまわりに足場を組んでいく。その技はすごい。窓をしめておかないと、それなりの騒音もする。別に何があるわけでもなかったが、こまかな呼び出しが何度もあって、華光誌の編集も停滞し気味。それは、それでいたしかたない。

 しかも今日は、防災の日。京都市の6000人規模の訓練が開かれた。今年は、南区が担当なので、町内にも割り当てがきて、町内会長のぼくに代わって、家内がのぼりを持ち、腕章をつけて出席てくれた。会館の上空も、ヘリコプターが何度も旋回していた。

 その会場が、華光会館創建前に、父や母が、しがないアイスキャンディー屋をやっていた「ご旧跡」のある、殿田公園(球場)なのだ。会館から、歩いて10分もかからないが、案外、同人の方でも知らないだろう。いまは、普通の長屋風の民家なので、もし訪れてもどこかはわかりずらい。とにかく。その地で、大学に行き、華光の活動をおこない、さらには、会館建設という夢をもちながら、父と母、そして祖母たちが汗水をたらしていたのだ。そして、会館の近くのたばこ屋(いまはなくなった)に、アイスキャンディーを、母が、小さな体で大きな荷物を背負って卸にきている姿が、向かい風呂屋(これもなくなった)兼散髪屋のオーナーの目に留まった。毎日、毎日、男物の大きな自転車にまたがり、身を粉にして働く、20歳の母の姿を、不思議に思われて、声をかけられたのだという。主人の名は、北口光三氏。

 その後、会館横にあった、北口ご夫婦の銭湯の2階の大広間での法座がもたれるようになった。父はもちろん、西光先生、吾勝先生、T師などが講師を勤めれていた。そして、とんとんと話が進んで、華光会館が建設されるのは、それからたった2年ほど後のことである。その華光会館の建設予定地は、北口氏が借りられていたもので、その借地権を譲ってくだされた。今のような、資金も、ろくな組織もない時代のことである。事業家の北口氏と、情熱に燃える青年僧侶たちの熱い思いが、無謀な計画を実現させたのだ。しかし、その後の借金返済の苦労の一部を、以前、ここでも少し触れたので、いまは述べないが、一筋縄ではいかなかったのだ。

 その後、昭和62年、全同人のご協力で、やっとその借地を買い取りことができたのだ。会館建設から30年も後のことである。さらに、それから、10年後の平成8年に、新華光会館が再建され、さらに、そこから10年経って、今日の修繕工事の運びとなった。

 境内地取得や再建の時に比べると、借金の必要もなく、募金も、10分1以下の規模とはいえ、それでも、同人の皆様には、この厳しい世情のおり、大きなご負担をおかけしている。そこには、皆様のご法にかける熱情があり、その賜物で、この念仏精舎が維持されていくのである。

 これから、2ケ月。きれいにお化粧直しされる華光会館で、ますます念仏の相続が麗しく続くことを、願って止まない。

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華光会館の外壁改修工事が始まりました。 最近はブログと言う面白いものがあるので、毎日(出来るだけ)様子を追っかけていこうかなと。 まぁ、たんたんと進めてみましょう。 [続きを読む]

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