聖典講座『阿弥陀経』(1)~特色~

 前回で、『無量寿経』が終わり、今月から『阿弥陀経』に入る。それでもう一度、第一回目の浄土三部経の概観から窺うことにした。あれから3年が経過し、顔ぶれも変化している。  浄土三部経のそれぞれの特徴や内容の概説を行い、親鸞聖人がご覧になった浄土三部経の「顕説」の面と「隠彰」の面を概観した。  加えて、『阿弥陀経』の特色なども窺った。   『阿弥陀経』の特徴の第一番目は、「無問自説」経と言われることだ。問いを待たずに、釈尊が一方的に、いきなり舎利弗尊者にお説きになるのだ。しかも、「舎利弗、於汝意云何」と、「舎利弗よ、お前どう思うか」と質問をされながら、間髪を入れずに、ご自分で阿弥陀さまやその浄土の世界をお答えになっていかれるのである。  それで、数あるお経の中でも、(2)「一代結経」の釈尊一代の結びの経だと言われ、以上から、(3)釈尊の出世本懐経であるとも親鸞さまはみておられるのは、以下のご文...

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何を喜ぶのか?

 今月は土曜日になった広島支部法座。法話の分かち合いを一言ずつ回した後、Aさんの発言から場が動きだした。 「ある会の勉強会に参加して、『地獄行きの私』を喜んでいる発言ばかりしていたら、『Aさんは浄土往生を喜ばないのですか。そこはどう聞いていますか』と問われた。地獄行きはよく分かるが、お浄土のことは、聞いて覚えところで答えることは出来ても、それでは伝わらない。実は浄土往生のことはわからないし、喜んでいないのだが、皆さんはどうですか」 というような問いであった。  数名の方が反応される。自身の自督(愚禿の信心においてはかくのごとし)と語られる方もあれば、まさにそこが分からないと共感される方もある。しかし「私は、浄土往生を慶ばせてもらっています」という発言はなかった。  外側の話題に移るのではなく、今一度、Aさんの問題にするために、もう少しその心境をお尋ねしてから、問う。 「では、今、称えておら...

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『浄土五祖伝』~少康法師~

 法然さまが、中国における浄土念仏の先達として、曇鸞さま、道綽さま、善導さま、懐感さま、そして少康さまの五名の祖師を挙げ、顕彰のための各師の伝記をまとめてられたのが、『浄土五祖伝』である。この五名を中国の浄土五祖と選定されるのは、法然さまのオリジナルであるという。そのうち、曇鸞さま、道綽さま、善導さまの三名に関しては、業績、著述ともに申し分なく、浄土教の歴史においても大きな発揮をされている。異論はないだろう。しかし問題は、懐感さまと少康さまである。別にお二人に浄土願生や業績、著作などに問題があるのではなく、他にも資格者がおられる中で、なぜこのお二人なのかである。  その中でも、以前から不思議に思っていたのは、同じ「後善導」で、著述など影響という意味では、さらに功績ある法照さまが漏れていることだ。  親鸞さまの高僧和讃にも、 「世世に善導いでたまひ  法照・少康としめしつつ…」 とあるように...

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熱意と根気

 真宗カウンセリング研究会の二月の月例会。  今年は、『育ち合う人間関係』第1章「カウンセリングの手引き」を読んでいる。ロジャーズのカウンセリングの概説が終わって、真宗者に直接つながる話題になっている。「真宗者はカウンセリングをどのように実践するか」の章である。  今月は、「相談室を開設しよう」。カウンセリングを学んだ方は、それを留めないで、実践してください。そのためには、積極的にお寺の中に相談室(場所)を作り、カウンセリング実践を行ってくださいという、先生の熱い伝わる一節だ。  その中、門徒や地域の方に開かれた相談室にするために、粘りづくり、熱心に、積極的なお誘いやPRをすることを勧めておられる。 「PRは、かなり長い期間、あいだを空けずに繰り返し繰り返し行わねばなりません。専門のカウンセラーをおいてPRしても、はじめ半年間はたった二人しか来談しなかったという会社の話も聞いています。短気...

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『ラサへの歩き方』~祈りの2400㎞

  『ラサへの歩き方』~祈りの2400㎞は、昨年秋に観た映画。何度かご法話でも話して、いまさらだがちょっとご紹介。  チベットの小さな村から、親戚や仲間たちが、はるか遠く聖地ラサ(1200㎞)、さらにカイラス山へ山岳道(1200㎞)の祈りの旅に出るのである。2400㎞もの道中、「五体投地」で、1年をかけて巡礼する。その様子が、大自然の中での巡礼風景と、チベットの人々の暮らし向きや日常が、丁寧に描かれていた佳作だった。   巡礼者は、老若男女を問わない。子供だけでなく妊婦や高齢者までいる。日常がそうであるように、一見、非日常の巡礼の旅の途中にも、出産もあれば、死もあるのだ。特に、鳥葬のシーンもある。生前、生き物のいのちを奪い生かされてきたことに対して、最後にその身を布施するというのである。 「五体投地」のルールは、 (1)合掌する (2)両手・両膝・額を大地に投げ出してうつ伏せる ...

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二つの結び目

  雪の同人宅に集まった方は少ない。それでも、 もう50年以上も悟朗先生のお育てを受けた日高支部の人達だ。法話も、手抜きするわけにはいかない。華光会館まで御参りにくることも難しいなっている方もある。ぼくが出講する1年に2度のせっかくご縁。ご法話の後の信仰座談会も、自分の持ってきた話題に終始したり、雑談で流れることなく、法話を分かち合い、それそれの喜びを分かち合う場になれば思うが、なかなか年齢を重ねてくると難しいことも百も承知している。  ならば、法話の中で問いをもって聞いた。ほんとうに一から押さえていったのである。 「聴聞はカド聴く。要を聴くことか肝要だと言われます。悟朗先生も、ただ大様に聞くのではなく、しっかりと2つの結びを持って聞けとお示しになられましたが、それはなんでした」。誰かがスッと答えられると思っていたが、遠慮されてかなかなか口が重い。すると、「地獄一定の自分を聞くんですね」と...

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大雪の年忌法要

  山陰地方の大雪はまだ続いている。ニュースでは、大混雑の山陰線の様子が放送されている。覚悟をし出発したが、高速道路は空い て、拍子抜けした。舞鶴道に入っても、雪はない。途中、1台ずつ止められて、タイヤ検札がある。冬用タイヤ以外は高速道路から降りないといけない。唯一、スタッドレスを借りてよかった思った瞬間。京都駅前で借りたのに、「習志野」ナンバーである。  快晴で、気持ちがいい。ところが養父を過ぎたころから雪が降り出す。豊岡市日高町に入っても雪は続くが、国道はきれいに除雪されている。道路も水が出るので、少々の雪は心配ではない。二 人で、「せっかくレンタカーを借りたのだから…」と、妙な期待をしている。  同人宅の集落は、道が細く、みな手作業で雪払いし、駐車場を確保してくださっていた。    このあたりのい天気は、晴れ間が、雪空になり、また青空になったりと、目まぐ...

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新しい出遇い~東海支部法座~

  京都の雪は、うっすら屋根に残る程度だが、予定より早く家を出た。新幹線は、米原付近の積雪で徐行運転で遅れている。既に雪は止んでいたが、名古屋駅へは30分遅れで到着した。そこから、刈谷市での東海支部法座に向かう。  大勢のお参りだ。久しぶりの方、東京や高山からの参加者に、新聞の宗教欄をご覧くださった方もあって、満席の賑わい。支部長交代の矢先に幸先がよい。 あらかじめテーマをだす。「お念仏の中の人生」と、一般の方にも有り難そうなテーマを出した。もちろん、題材があっての話。修正会以来、よく取り上げている「私にとっていちばん大切なものは何か」、それを追い求める「生活」だけでなく、何のための「人生」か、大切なものひとつが「念仏」ではなく、毎日の活きる為の活動「生活」も、人として生きる「人生」も、すべてお念仏に出会い、お念仏を申すためになるのものである。「生活」-「人生」-「念仏」について、具体例を...

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 寒い。風も強い。雪が強く降っている。  西本願寺へ。ブックセンターで用事をすませてから、東本願寺のしんらん交流会館に向かう。大谷派九条の会の全国大会に出席する。華光の同人がお世話をされている関係で、3年連続に顔だす。  それしても、寒かった。ぼくが生まれた時も、こんな雪が舞い散る寒い午後だったという、母の言葉を思いだしながら、雪の中を自転車で走る。  山陰、日本海側の豊岡も大雪で、日曜日の法事や法座が危ういことになっている。ノーマルタイヤでは無理なので、急遽、列車に変更した。ところが、その列車も夕方から山陰本線は止まったままだ。いろいろなとこ ろに連絡して対応。日程変更も考えたが、どうも難しい。費用はかかるが、スタッドレスのレンタカーを手配をした。時間も午後からにしてもらったので、なんとかたどりつけるだろう。明日の愛知の刈谷市の法座も新幹線が心配で、1時間早く出ることにしたが、新幹線は遅...

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にくの日

 29年2月9日は、2(に)9(く)の日だという。  まったく知りませんでした。  10日の朝、自力整体の教室で、その話題を初めて聞いた。先生は、「どうせなら、2(ふ)9(く)=福の日にしたら」と言っている。    お昼は、何年かぶりに、サルーテというオガニック食堂へ。「肉」とは真反対に、ベジ菜定食を食べる。いっさい動物性のものを使っていない。ローフードやマクロビオティックなどのオーガニックな料理をだす名店。路地のまたその奥にあるお店だか、満席に近い。外国の方もけっこうおられる。http://da-maeda.shop-pro.jp/?mode=f12  お隣の女性二人連れは、「肉の日」の話題をしてる。昨日、有名店のローストビーフ丼を注文したら、「肉の日」だったので、肉だけでも300グラムも使っていて、とうてい食べきれなかったという、にくにくしいお話。まあ、ぼくだって、...

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2月の伝道研究会

 2月の伝道研究会は、「真宗の基礎」安心篇に入って、最後の得益論に入っている。  安心の価値、ご安心の利益について。浄土真宗は、現当二世のご利益の教えである。つまり、現世(この世)で受ける御利益と、当来世(後生)で受ける御利益である。そのうち、現世利益として、十種の御利益を親鸞さまは説かれたが、すべて十番目の「入正定聚」の益に収まるのである。つまり、この世の中で、信心獲得と同時に、必ず仏となることに正しく定まった聚(なかま)入りをさせていただき、もう二度と退転することのない位である。                         しかも、この位は、 (1)菩薩の十地のうち、初地(歓喜地)に至る意味とみるだけでなく、 (2)八地の無生法忍(喜・悟・信の三忍)の菩薩と同じ(「韋提と等しく三忍を獲」)とみられている。八地とは、七地におこる菩薩の死といっていい、七地沈空の難を超えた菩薩とみられる...

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通夜の法話は、、。

  またまた町内会でお悔やみがある。60軒ほどの小さな町内なのに、年に3~4件は訃報が入る。特に、寒い時期、暑い時期は、よくある。 喪主は、一学年下の方で、小学校の時には毎日のように遊んでいた。書道教室にも熱心で、一時は、書道の教職を目指しておられたときもあった。 葬儀を執り行うのは、同級生の浄土真宗本願寺派のお寺だ。といっても、彼は次男で僧籍は取っているが、お寺には入っていない。  通夜は、三奉請、表白、そして、頌讃と続いて、正信偈六首引である。通夜で、頌讃を初めてきいたが、なかなかお上手で、この流れもかっこよかった。ホールは静かで、時折、雑談の話声が聞こえる。ひとり僧侶の読経の声が響く。正信偈から勤行させてもらった。もちろん、抑え目に出したが、最初だけ、始まってしまうと関係ない。お念仏は、大きな声でさせていただいた。が、最初に司会者から、「合掌」という合図があったが、最後はなかったのは...

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«何を、なぜ、どう「聞く」のか