日高支部法座(2)~念仏が染み込む法の家~

 昼座が終わって、冷たい雨の中を月忌参りである。家人は、みな高齢になられたり、病気がちで弱っておられる。しかし、どの家にもお念仏の燈火あることが、肌でわかる。仏壇だけでなく、柱にも壁にも、お念仏が染み込んでいるのだ。そこに入ると、自然とぼくの称名も大きく強くなる。ある方が、なかなか声にでづらいといわれたので、しばらく一緒に称名念仏させていただいたりもした。この地には、お念仏の土徳があるのだ。  そこから豊岡市内に移ってN子さんお宅へ向かう。これが2度目であるが、今回のメーンは、N子さん念願の家庭法座なのだ。おいしいお膳をみんなで食し、7名での信仰座談会。日高のおばちゃん連中は欠席だ。逆にみんなよく知っている人ばかりなので、雑談や内輪話で終わらないように場面設定してスタートした。おかげていまの味わいや、仏法を伝える姿勢、悩みや問題点をなど、生の声が出てきてよかった。それからはお楽しみの懇親会...

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日高支部法座(1)~頑魯の者~

 週末は日高支部法座だった。  最近は夫婦でお招きいただくことか多かったが、公演で東北出張中の連れ合いは休み。その代わり、Nさんのお誘いで、京都、愛知、三重など各地から5名の方が参加された。事務のTさんを始め会館からの同乗者もあり、車中からすでに賑やか。  初日の昼座、夜座、そして2日目の朝座、昼座と4座あった。それぞれ会所(会場)も違えば、参加のメンバーも異なる。法座や座談会の様子もことなったが、それぞれに特色があり、それでいて4座を通した一貫性もあって、(最近の日高支部法座の中でも)かなり活発な法座になった。  まずは12年前にご往生された谷本瀧雄さんの十三回忌法要をお勤め。法話の大半は故人への思い出である。ぼくがいちばんお世話になったお同行さんのお一人だといっていい。その瀧雄さんという人格を通して聞かせてもらった仏法話である。その後、奥様やお子様もお参りくださり、全員で故人の思い出を...

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突然の来客

 朝から自力整体、昼は華光誌輪読法座、夕方は本典学習会といろいろあったが、ぼくの中では今日のメーンは別のところからやってきた。学習会の途中で、急な来客があったのだ。大学の名誉教授で、医者でもあり、仏教カウンセラーでもあるN先生だ。本山のビハーラや龍谷大学のカウンセリング課程などでも教えておられたが、なぜかこれまでご縁がなかった。それが5月から仏教大学のビハーラ学習会サークルにお邪魔するようになり、真宗カウンセリング研究会の案内や華光誌を送らせてもらうようになった。すると、今週の例会に顔を出しくださるという丁寧なお手紙を頂いたのだ。楽しみに待っていたが残念ながら欠席となったのだ。それで、すぐに「そのお詫びかねて、ごあいさつに窺いました」とお出でくださったのである。  もう八十歳をすきた高齢であるのに、わざわざごあいさつにお出でくださったのでだ。それひとつでも、律儀で誠実なお人柄が窺える。  ...

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出世の大事

 「華光誌輪読法座」を終え、引き続いて『ご本典』学習会を行う。毎回、固定で一人か二人。今日は輪読法座からの参加者もあって三名。7月から始めて、まだ「教巻」を読んでいる。    なぜ『大無量寿経』が出世の大事、つまり釋尊が『大経』-弥陀の本願を説くために-出世されたと言いきれるのかを明かすために、正依『無量寿経』の発起序を引用され、それを補完するための引文が続く。すなわち、阿難の問いを際立たせるために『如来会』を、仏の出世が稀なることを『平等覚経』で、さらに『述文讃』では、出世された仏さまのお徳について述べられたいる。そして、今のこの説法は、釈迦如来の口を借りた阿弥陀仏の説法であり、そのことを凡夫の代表して阿難尊者が出遇うことができたのが、真実でるとの証明となっているともいえる。そのことをいろいろな角度から味わっている。まあ、ぼちぼちでも読み進めたい。

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華光誌輪読法座「救済の縁・十二光」

  今月の華光誌輪読法座は、誌上法話「正信偈講讃」(5)で、前回までで因位(つまり法蔵菩薩の因)が終わって、「果上の救済(くさい)」の縁・因・果に入る。今月は、まず「救済の縁」でいわゆる「十二光」のところを読み進めた。正信偈では、「無量光」から始まり「超日月光」までの十二光が塵のように無数の迷いの世を照らし、そこに群て生きている一切の迷いの衆生が、このお光を蒙(こうむ)ってお救いお出遇いするのだと述べられる。ただ、正信偈では、十二光を順番に羅列するだけで、そのお光の働きについては詳しくは述べておられない。しかし、親鸞聖人は、『無量寿経』に説かれる十二光を大切にされていて、その一々を詳しく述べておられる。それで、詳しい十二光のお働きや功徳について述べられているので、そこを読ませていただいた。  ただ信仰座談会としては教義的な文章の時は、関連してお味わいが少なくなって、別の話題になることも多い...

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下見

  例によって、家族で、春は桜、秋の紅葉を愛でている。秋の紅葉シズーンがやってきた。特に、今年は寒暖の差が激しいので、色づきは良好だという。京都の紅葉の名所は、たいへんな人込みだ。そのこともあって、年々行き先も限られきている。寺院の庭は、砂利 だったり土の坂だったりもすると、母は歩けない。連れ合いも今月は、公演の旅に出ているので、母を連れて行くのは近場で歩きやすいところがよい。ということで、近場す ぎるが、梅小路公園と東寺ではどうかと思った。  所用の次いでに梅小路公園を下見する。 まだ本格的な紅葉には少し早かった。まあ、ここなら母も歩けそうではあるが、石畳のところはついている車つきのカバンが動かない。  タクシーの運転手は、「東寺はライトアップもあって、穴場です」とはいっていた。昨年の智積院も、東山にあるのに隠れた名所だった。でも、東寺は駐車場が砂利道で、難しい。これは御所(京...

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真宗とカウンセリングの「出会い」

   先月から、「真宗カウンセリング成立」の章に入った。  今回は、真宗とカウンセリングの「出会い」における三つの立場の考察する章である。    まず第一は、「真宗とカウンセリング」との関係を問う立場である。  これには、(a)客観的考察と(b)主体的考察がある。 (a)客観的考察とは、 それぞれの歴史、哲学(人間観)、実践目標、実践方法等の比較を行い、 両者の類似点、共通点、相違点などを明かにして、 両者の交流・統合・協力を道を探ろうとするもの。 (b)主体的考察とは、 真宗とカウンセリングの双方に多少とも体験的理解をもつか、主体的関心をいだく者が、自己の内面において両者がどのように関わっているのかを問う立場。   次に第二は、「真宗的カウンセリング」を想定する立場がある。 この中心は真宗よりカウンセリングだが、カウンセラーの基...

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『阿弥陀経』(9)

『阿弥陀経』も、いよいよ最後の段だ。正宗分(本論)は大きく三段に分かれる。 第一段は、阿弥陀仏の極楽浄土と阿弥陀仏の荘厳について讃嘆。 第二段は、その極楽浄土に生れる念仏往生についての教説。 第三段は、釈迦如来と諸仏による証誠勧信である。  この第三段は、さらに四節に分科される。まず一自証で、釈迦如来が自ら広大な利益を自ら知見し、真実であるからこれを説くと宣言し、浄土を願えと勧められる。次いで二他証で@は、六方段と言われ、釈迦如来と同様、六方に満ち満ちる諸仏方もすべて、阿弥陀仏を褒め讃え、護念・証誠することが説かれる。ここまでが先月で、今回は、第三段の後半。諸仏の勧めに続き、釋尊が「阿弥陀如来のみ教えを信じなさい」という懇ろなお勧めをされて、『阿弥陀経』の説法を説き終えられるところである。それを、広く、三「勧信」【十二】とみて、まず名号を聞くものの利益をあげ、次いで発願の利益をあげられて、...

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お通夜

   聖典講座を終えて、すぐにお悔やみにいく。10月も聖典講座のあと、同人の方のお通夜に列席したが、今度は町内会の方。  「南無阿弥陀仏」のお名号なので浄土真宗かなと思ったが、法名が違う。浄土宗西山派のお通夜だった。浄土宗の通夜や葬儀は何度もあるが、西山派は初めてかもしれない。最初に「枕経を勤めます」といわれ、その後で通夜勤行になった。勤行時間は45分はあって通夜にしては長い。しかも一般のお焼香が始まったのは、開式から35分など経ってから。通夜は「帰三宝偈」だったが、そこまでも、さまざまな経文の断片が続いていく。やはり宗派によってお勤めがちがうようだ。  通夜になっても、短いお経が続いて、『観経』の一節と(たぶん)「五会法事讃」の一文、ぼくが理解できたのはそれくらいで、大半の御文はわからなかったが、罪悪衆生の姿が次々出てきたり、本願の尊さを述べられたりする表白(?)のよ...

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ご示談にて~聴聞は具体的に~

   華光大会が終わって、ずいぶんと大きな力をもらい、やる気もいただいた。それは参加の皆様も同じで、ご法を喜んでおられる方も、またまだグズグズと悩んでおられる方にも、さまざまけな影響を及ぼしている。大会の翌日から「心境を聞いてもらいたい」とか、「最後の法話での質問がある」とかいう電話が続いた。感想をメールでくださる方も多い。ご法に撃たれたのは、ぼくだけではないのだ。    昨日も、「東京から京都まで行くので、ご示談をお願いします」という方があった。これまであまりご縁のなかった方で、会館は2、3度という方である。大会はフル参加だたっが、一度も座談会に出席されていない。食事も懇親会も別だったので、その心境も、これまでの経過もほとんど知らない。当たり前のことたが、一方的に説教することがご示談ではない。相手の心境や問題点もよく知らなければ、お話することはでき...

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漬け物はない、漬け野菜 iSOiSM

 8時の閉館近くまで「国宝展」があるので、同じ七条通りにある「漬け野菜 iSOiSM 」を予約していおいた。   以前、Y先生ご夫妻に、三条にある系列店の焼き野菜のお店に連れて行ってもらったことがある。ここは漬け野菜、つまり発酵食品である。店内は、若い女性連れと、カップルばかりで、大賑わい。ぼくらのような年寄りはいないし、母のような人も誰もない。  野菜をさまざまなもので漬け、それに予想外の組み合わせで食べさせるというもの。たとえば、ワインで茗荷を漬けて、それに鶏肉を加えるとか、サツマイモを漬けてクリームチースを組み合わせとかである。一皿が500円前後とリーズナブルで、野菜中心、流行りの発酵食品と健康志向。若い女性に人気がでるのは当然だ。かなり気に入っていろいろと飲食したが、予想以上に安くあがった。  金曜日の夜ということもあって、賑やかすぎで、小さなテープルを囲んでいても、前とは声が届か...

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「国宝展」

 今秋の京都の目玉行事のひとつが、京都国立博物館での「国宝展」である。 http://kyoto-kokuhou2017.jp/index.html http://www.kyohaku.go.jp/jp/index.html  母が行きたいと言い出したが、待ち時間も長い。たいへんな人込みで、歩行が困難な母には難しいと思ったが、週末にある夜間鑑賞の時は、団体客も少なく比較的空いているとのでは思った。 幸い、入館までの待ち時間はない。それでも、展示物の前は黒山の人だかり。京都の街はいま外国人だらけだが、国宝展では外国人は目立たない。それだけいかに皆さんの関心が高いかである。   約200点以上ある展示物すべてが、国宝。建築物を除くと、日本の国宝の実に1/4近くが展示されるというのである。もっとも、Ⅰ・ Ⅱ期、そしてⅢ・Ⅳ期の4期に分かれていて、かなりの展示替えがある。前半、後半とい...

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«映画『幻を見る人』と詩人吉増剛造