恒例のお盆法座

午前中、お盆参りをすませて、京都支部法座を兼ねたM家の盆参。 勤行はどこの家とも同じだが、後は、いつもの支部法座と同じ。1時間ほどの法話のあと、信仰座談会をする。  法話は「仏さま」をテーマにするが、今日は、仏の四無量心(慈、悲、喜、捨)について、特に「捨」のところを膨らませて、如来の大慈悲心の現れについて頂いた。  お盆の日曜日ということで、お参りは少なかった。それでも、会館での前回の京都支部の法座にお参りされた、オーストラリア在住の女性が、京都の大学に短期留学されている娘さんとご一緒にお参りされた。娘さんは、かなり緊張気味で座っておられた。欧米人の顔だちなが、とてもきれいな日本語を話されているのが印象的。お母さんの体験されたお話が象徴的でよかった。頭で造ったものではなく、身で聞いておられる。人事ではなく、自分の問題になっている。そしてトンネルを抜けるというところも、何かを暗示した象徴的...

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お盆参り

 分散したお盆参りだが、今日は少しまとまってお参り。  午前中は、堀川通りを北進して、加茂街道(鴨川)を遡って、鞍馬街道に進み市原まで。堀川通には、西本願寺、二条城、清明神社などの前を通り、賀茂川神社の横を通って行くのだがら、標識には、金閣寺や銀閣寺、大徳寺などのお寺も出てくる。 午後からは、京都南部で、伏見や宇治方面。御香宮から伏見桃山の明治天皇陵(乃木神社もある)を抜けて、日野の里(親鸞聖人の故郷)に近いお宅を回って、そこから、三室戸寺、宇治橋を渡って、平等院をかすめ通るルートだ。 別にどこにも寄らないが、有名な社寺仏閣や京都の地名を見聞きするだけでも、いつも観光気分になる。  共に阿弥陀経を勤行し、御文章を拝読して、短い法話を聞いていただく。その後は、雑談をするのだが、今年は、どのお宅も「異常気象ですね」とか「いつまでも暑いですね」という天候の話をされたが、お盆になってもまだ暑い。仏...

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甲子園100回、100勝

高校野球、地元、京都のチームが出ると応援してしまう。その中でも、平安高が出場する年は別格だ。母校ではないが、浄土真宗の宗門校であり、今は「龍谷大」と冠されるのでなおらだ。ほかの地方(北海道や広島、北陸などか)でも、宗門校が出ると応援する。新興宗教系の高校が強いのだが、やはり負けるなという気持ちになる。   その名門平安高校も80年代はかなり低迷していた。京都でも勝てず、たまに甲子園に出ても一回戦負けということが続いた。ところが、ここ数年は最近はかなり復調している。今年の京都予選は、コールド勝ばかりの圧勝だったが、今日は接戦でサヨナラ勝ち。第100回の夏の記念大会で、甲子園通算(春夏含めて)100勝目を手にしたのは、歴史を感じさせられる。  母方のおばあちゃんは、大高校野球好きだった。でもプロ野球には関心がなかった。息子(ぼくの叔父さん)が、甲子園を目指し、和歌山予選の決勝で敗れ、...

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四十八願のこころ(17)~第三十三・三十四願

「たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが光明を蒙(こうぶ)りてその身に触(ふ)れんもの、身心柔軟(にゅうなん)にして人・天に超過せん。もししからずは、正覚を取らじ。」(第三十三願・触光(そくこう)柔軟の願) 「たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが名字を聞きて、菩薩の無生法忍、もろもろの深総持(じんそうじ)を得ずは、正覚を取らじ。」(第三十四願・聞名得忍(もんみょうとくにん)の願)  第二十一願以降は、第二十二願(還相廻向の願)から展開して「浄土に生まれて仏となった人々」への願いが中心です。その中でも、この三十三願からは、少し展開があって、あらゆる諸仏の世界の生きとし生きるものに誓われた願いです。  第三十三願は、触光柔軟の願といわれています。阿弥陀さまの光明に触れた者、つまり摂取の光明におさめられた者は、身も心も柔軟になり、世に...

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三周忌

    3年前の8月7日も、今年のように暑かった。やはり仏の子供大会が終わった後だった。父が亡くなって丸三年。三回忌は昨夏に済んでいる。今年は、三周忌ということになるのか。家族3名だけで、お正信偈様をお勤めした。  勤行しながら、断片的に父のことを思い出していた。御文章の拝読は、子供のころに父から指導を受けたものだ。記憶では、勤行は重誓偈や讃仏偈の偈文が中心、お盆用の阿弥陀経、そして御文章(聖人一流章と末代無智章)は教えてもらったが、なぜか正信偈や和讃を教わった思いがないのが不思議だった。  最後に『末代無智章』を拝読した。  その『末代無智章』は、「寝ても覚めてもいのちのあらん限り、称名念仏すべきものなり」と結ばれる。信心を喜ぶものは、ご恩報謝のお念仏を日夜怠ることなく、しかも生命尽きとる瞬間まで一生相続せよというお示しである。  ところが、幼いのぼくは「寝ても覚めて...

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お衣の価値

  子供大会が終わって、先生方、スタッフとの慰労会の途中から、具合が悪くなって、一足早く帰宅した。  頭痛と吐き気、そして冷や汗がでるのに、寒気はするし、唾は出て、とにかく苦しかった。夜中何度か、吐いたり、下痢したりして、何とか眠れて、翌日には収まっていた。  朝は、たった10軒しかないお盆参りのスタート。お盆に2~3日ですませたいところだか、なかなか先方との日程が合わない。8月下旬や9月にずれ込むお宅もある。逆に早くきてほしい家もある。遠方に住む息子夫婦の出産がお盆にかかって留守になることを心配して、早めに頼んでこられた。  駐車場がないので、連れ合いに送迎を頼む。歩道で車を待っていたら、バイクの郵便配達員が、ぼくの姿を見て、深々と頭をさげていかれた。もし俗服だったら何もなかっただろう。まったく見ず知らずのすれ違った人が頭を下げるだけの値打ちが、法衣にあるということだ。南無阿弥...

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2泊3日に短縮

  3年連続で、華光会館での、2泊3日間の仏の子供大会になった。  日程を1週間ずらしたり、早めたりしているが効果がない。ただお盆をすぎると、会館の事務所の体制が整わない。海の日の日程では、学生の先生方が試験の真っ最中だ。  最初は4泊5日の日程が組まれ、ぼくが参加し出した昭和42年ころから3泊4日となり、昭和50年には今の形式が定着した。そのためにスタッフが合宿までしてKJ法によるブレーンストーミンク(肯定的、友好的な議論)を重ねて、よりよき大会を目指してきたものだ。  完成度が高い分、2泊3日ですべてをこなすことは無理がある。3つある野外活動のひとつ、追跡ハイキングはこの日程ではできない。第一、3班以上はないと競い合いにならない。いまは、2日目に、水泳の後、夕方にスランド(地獄ほか)、そして夜にはスタンツを含む室内ファイヤーと続くので、かなりハードである。  そしてなにより分...

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仏の子供大会の魅力~班活動の魅力~

  残念ながら、子供班は1班だけ。本格的な班活動はできず、子供大会の魅力を半減させてる。というのも、真剣な仏法(聴聞)、楽しい野外活動とあるが、仏の子供大会の魅力は、班対抗の集団活動にある。もともと60年前に、会館創建直後に、父がボーイスカウトの研修に参加して、団体行動のノウハウを学び、そこに華光の仏法と、カウンセリングマインドがミックスされた華光子供会ならではの独特の雰囲気がある。  班活動ひとつといっても、班員から副班長、班長を経験し、高校生で次長、そして大学生で班付先生、さらに本部、さらに保護者のわが子の付添いとして参加し続ける経験が、そのまま私自身の成長の歩みとなるからだ。それぞれの立場-小学生の時、班長、そして大学生や社会人の先生となっても、一貫してこの身をかけて子供からも大人からも学ばせていただけるのである。そして、そこで法友との出会もある。たとえば今回はメーン先生方が4名あっ...

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仏の子供大会~御礼~

 子供の参加者が少ない。しかも直前に、参加表明の家族が不参加になって、ショック。保険などの準備も終わっていたのに残念である。やはり「参加希望」と「参加申込」は別物だ。まともな班活動はできない人数だった。  しかし、それでも開催してよかった。   子供も先生も、保護者の参加が少なく、その意味では寂しい仏の子供大会だったが、改めて、多くの同人、皆様に支えてもらって子供大会が成立していることを思い知らされ、深く御礼を申し上げたい気持ちで一杯だ。  子供基金はもちろん、直接的に子供大会にご喜捨くださった。かなりの高額の方もあっておかげさまで赤字にならなかった。金銭のご喜捨だけでない。保険代分、子供たちのお菓子へジュース、すいか、反省会のビール、熱中症を心配してボカリなどなどの差し入れも多かった。大半が、子供大会の出身者や先生方、しかも初期のころの先生方が、ずっと忘れずに支援くださっている...

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逆走台風

   福岡の法座は、台風の影響にやきもきした。土曜日は大丈夫だが、問題は帰路の日曜日。近畿に上陸後、東から西に向かう異例のコースを通るが、大阪から山陽新幹線のコースを福岡に向かう公算が高かったからだ。  今年の夏は異常気象が続くが、東から西へ向かう台風など聞いたことはない。福岡での連泊、新幹線に閉じ込められた場合も考えて準備をした。コースは予報通りだったが、勢力が大きく弱まり、福岡への影響は少なく、新幹線も通常通りに動いていた。  夜、帰宅すると、家の回りでは、いろいろなものが飛ばされていたが、いちばん驚いたのが、隣の印刷所の鉄の門扉が倒れていたことだ。飛ばされてきた空き缶入れが下敷きになっている。もし人が歩いていたら大ケガをしていたかもしれない。大きな台風ではなかったが、老朽化した建物や施設が凶器になるという一例。  会社は気付いていないので、本社に電話。すぐに復旧さ...

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修繕工事の下見

 役員のKさんの紹介で、修繕工事の請負業者が下見にくる。請負業者は3社ほどの入札で決めるので、現地説明を9月下旬に開く段取りだ。その前に、この仕事を受けていただけるのかどうかの下見である。  見取図を示しながら、会館を見て回る。きれいに見えていても、その目で細かく見ていくと、修理の必要な箇所ばかりである。これにいちばん驚かれたのが、いつも会館に出入りされているKさんである。  ひび割れの箇所、剥がれているところ、染みになっているところ、割れているガラスに、壊れた給湯器、屋上もコンクリートが剥がれ、玄関もガタガタだ。  まるで私の罪悪と同じである。凡夫のわが身可愛いやの眼でみれば、きれいな、よいところばかりだが、如来の仏智眼に映るのは、見すぼらしい姿である。もし自分で気付かなかったことに気づき、そんな目で見出すと、哀れでしかないわが姿から目をそらすことができなくなる。一端、見え出すとそうとし...

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殺生罪に飲酒罪

 Y家の家庭法座では夜座はなく、そのまま「あり田」での宴会になる。いつもながら。これがおいしくて、楽しい一時だ。  昼座、仏さまのお供えにはお酒や生臭物(匂いの強い食べ物)はお供 えしないものだが、今では、本願寺の別院でも日本酒がお供えされるという話題が出ていた。  ところが、数時間もしないうち、目の前に殺生の塊の刺身と肉と、そして酒が並んで、悦に 入っている。    いつのまにか、いのしし年の皆さんが、「いの しし会」を結成されて盛り上がっておられる。大虎ならぬ大猪である。ちなみにぼくは寅年で、イノシシ会に負けない人数が揃ってい たが、ぼく以外は禁酒されていて大トラ会は不結成に終わった。  連れ合いはここでは日本酒を中心に、二軒目のスペースワンではウィスキーやカクテルを呑んでいた。家と違ってぼくもうるさく言わないの で、心置きなく飲めて大満足である。  慈心不殺は、世福の善行の第3番目、...

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«Y家家庭法座~仏さまに会う~