聞法旅行がまもなく締め切り!

 聞法旅行が締め切ります。  今年1月9日に五十回忌を迎えられた伊藤康善先生の『仏敵』のみ跡を訪ねると共に、大和の御旧跡を巡る旅です。野口道場の参拝もこれが最後になるかもしれません。 京都の興正寺本山から、龍谷大学の大宮学舍を経て、奈良へ。野口道場の佇まいは『仏敵』の世界そのもの。小さな前庭の堀尾ヨシ様のお墓にもお参り。野口道場の参拝もこれが最後になるかもしれません。 「當専寺」には増井先生の「華光道場」の揮毫(きごう)も鮮やかです。伊藤先生のお墓にも参拝します。 2日目は、『歎異抄』の著者唯円房の墓所「立興寺」、存覚上人御開基の「願行寺」、さらに蓮如上人との糸車でのやりとりでも有名な大和の了妙尼師の「金台寺」にもお参りします。 例年、充実した内容に、参加者の皆様から喜びの声を頂戴しています。個人参拝が難しいところも多くあります。  まだ定員には達しておりませんので、5名ほどなら大丈夫です...

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葬儀~外護の善知識(3)

2年ぶりに葬儀の依頼。日高支部のS家のご主人が逝去された。 思い出はつきない。日高(当時は江原支部)の日曜学校の後、夜座に初めて大人の法座でお話させてもらった。大学生の時だった。未熟だった。今思うと、ほんとうに恥ずかしい法話をしている。その時にお宿がS家だったが、それ以降40年近く、ずっと日高支部の法座会場として提供してくださっている。父から数えるともう60年以上になる。会場だけでなく、お宿もしてくださるので、家族と一緒に御馳走をいただいた。Sさんは冷酒と決めておられた。晩年は、決まった銘柄のお酒を取り寄せて飲んでおられた。ご信心のことで、深く語り合ったことはない。法座も、勤行と法話が終わるとお休みにいかれた。 それでも、ぼくには外護の善知識であった。いや、ぼくだけではない。この地を訪れる方のお宿や食事を提供くださり、法座をもってくださっていた。日高支部の皆さんにといっても、多くの華光同人...

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僧・俗一丸~ 通夜にて(2)

 お通夜はとても温かいものだった。僧侶だけでも、50~60名の参列があった。音楽や文化などの芸術を愛した前住職のお人柄か、勤行も、「いまささぐ」仏教讃歌から始まり、「み仏に抱かれて」で終わった。  ご法話は、北九州市の外松太恵子先生だったのには、驚いた。偶然、昼間に開催された兵庫教区の会合のご講師としてこの地におられて、夜には先生を囲む会が予定されていた。ただひとり喪服ではない、華やかなスーツであったことからも、ほんとうに急な法話依頼だったようだ。この後、ご住職のすばらしいご挨拶があって、すべてもっていかれた感はあったが、たくさんの僧侶が参列する中で、在家の先生のご法話(感話)を拝聴するのだから、ユニークな通夜である。  しかしそれもいい。浄土真宗は、僧俗の別のない聞法集団であり、伝道集団である。僧侶だけで、真実を知っているのでも、伝えるのでもない。僧・俗一丸となって、まことを喜ぶものが伝...

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燃えろよ~ 燃えろよ~ 通夜にて(1)

 「燃えろよ~ 燃えろよ~ 炎をよ燃えろ~   火の粉をまきあげ、天までこがせ~」  喪主のご住職のご挨拶は、この歌から始まった。とぎれとぎれに声を詰まらせ、涙ぐまれる。仲間の皆さんも泣いておられる。これまで聞いた葬儀のご挨拶の中でも、印象深いものの一つであった。  仏青研修会が終わって、すぐにお悔やみに向かった。毎年、講師でお邪魔している山崎町のお寺である。連れ合いも長年、お世話になっている。前住職さんがご往生された。晩年のことしかしらない。それでも、毎日、講師部屋にこられて、日曜学校活動や趣味のカメラのことをお話くださった。父と大学で同級生(面識がなかった)であったこともあって、その時代の話をすると、うれしそうにいろいろと教えてくださった。ハーモニカーやオ ルガンを披露してくださったこともある。なんでも、華光でも行っている、追跡ハイキイグの礎をこのグループの皆さんが造られたと聞いている...

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新鮮だった仏青研修会

 初夏の仏青研修会。今年は、華光会館である。  昨年秋の仏青大会に比べると、急にメンバーが一新されてフレッシュになった。昨年までの停滞した「お嘆き」ムードはどこへやらである。学生を中心の20代前半の、本当の意味での仏青である。子供大会出身者に、他会の出身者、それ以外の参加者もある。初めての仏青という方も多かった。  たったひとりでもいいのだ。真摯にご法に向き合う人がでれば、それだけでも雰囲気は生まれ変わる。いまその手本となるものがいないが、逆にいえば、大きなチャンスである。自分がそうなればいいのである。  ぼくが学生のころだ。父が、よく「火中の鉄です。打ってください」と、紹介していたことを思いです。「鉄は熱い内に打て」、そのときはその真意はよく分からなかった。強く強く叩いてもらう。メソメソ泣き言ばかりでは、誰も寄りつかない。  ならば、若いうちから、途半端に喜んでいては勿体ない。いまこそ、...

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アメリカ同人の来館

 朝、コーヒーを淹れていたら、「アメリカのヘンリーさんです」との内線連絡。「電話?」と聞き返す。「今、道場でお待ちです」と。アメリカから急な来客に、びっくりである。ちょうど一年前はアリメカ布教に最中だった。そのときはお会い出来なかった。そのことを告げると、残念ながら訪米のことはご存じなかったようだ。  来館の一つは、悟朗先生のお悔やみである。遅くなったと頭を下げられた。共に、勤行をさせていただいく。  悟朗先生のお育て一筋で、聴聞されてきた。アメリカの同人は、仏縁ある日系の方と結婚されご縁を結ばれるという方が多いが、彼女の場合はまた違う。ご主人は白人で、真宗とはなんの縁もない。しかし、不思議なことにフレスノの川手家とのご縁がつながってきた。その主人は享年52歳でお亡くなりになった。そして、昨年12月にご長男が急死されたという。まだ42歳という若さだ。共に突然の病死だったという。だが、聴聞が...

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『ニッポン国VS泉南石綿村』 ~VS国家権力な映画(2)

 鬼才、原一男監督の『ニッポン国VS泉南石綿(いしわた)村』は、予告篇と休憩を含めて4時間の長編映画だ。 http://docudocu.jp/ishiwata/   泉南のアスベスト被害者の映画である。といっても、裁判の様子は録画はできない。しかもごく普通に生きている庶民たちを被写体だ。それで4時間もの長尺ドキュメンタリーなのだがら、少しきついかな、爆睡も必至だとも思ったいた。  ところが、これが面白かったのだ。ただダラダラと長いとのではない。8年間の記録をたった4時間に収めるには、あまりにも短いとも思った。  そしていろいろと考えさせられた。一緒に闘ったいるような気にもなった。長期化する裁判に、原告が次々と亡くなっていけば、怒りや無力感に悔し涙を流す遺族と同じ気持ちにもなるし、石綿肺で七転八倒する被害者の苦しみは痛かった。また、国(お役所)のいい加減さにあきれ果てた。はたまた...

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「真宗法座の集い」~気づき~

 人数は少なかったが、20代~80代の老若男女が集って、2日目は5~6名のグループに分かれて、よりきめこまやかな関わりができたのではないか。よく聞くこと、そしてしっかりと触れていくことの大切を改めて教えられた。これまでの長年の付き合いをしていた方への見方が変わったり、新たな理解を教えてもらった気がした。そして、受容的雰囲気の時は、人は心開き、新たな一面を語ってくれることも経験できたのだ。  本題の内容には触れられないが、法座の入る前のオリエンテーションでの出来事でも、気付かせてもらった。  司会者から「明日の起床時間は7時。朝食は、各自自由に。法座は9時開始です」との説明があった。  質疑に移ると、30代の方から、「起床時間は7時30分でいいのでは?」との提案が出る。各自が身支度をし、布団を上げ、簡単に部屋に掃除機をかけて、朝食を済ませればいいだけだ。少しでも長く布団に入っていたい派のぼく...

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『憲法を武器として』~恵庭事件~ VS国家権力な映画(1)

 5月3日は憲法記念日。その関係か、GM前後の京都シネマでは関連ドキュメンター映画が上映されることが多い。今年は、庶民が国家権力と対峙する映画を観た。  まずは、昭和37年に北海道で千歳郡恵庭町(当時)の陸上自衛隊演習地で起った恵庭事件のドキュメンター映画だ。『憲法を武器として』というタイトルに、副題は「恵庭事件~知られざる50年目の真実」とある。http://www.eniwahanketsu50.com/index.html ぼくが生まれた年に起った事件なので、リアルには知らない。大学時代、加藤西郷先生の授業でこの事件のことを初めて知ったと思う。  戦後まもなく、米軍演習場に隣接した野崎牧場を標的に爆撃訓練が行われた。爆音の中で、健康被害、家畜にも大きな被害がでる。抗議や反対行動の結果、米軍が謝罪。演習の中止、さらに撤収につながる。これで一安心と思った矢先、今度は陸上自衛隊が駐屯。米軍...

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地下鉄十条駅「Kyoto FOOD HUB & LABO」篇

夜8時を回って、高山法座から帰宅する。3人で、近くのお好み焼き屋「なりた」へ。実は、ここの前職は写植屋(若い人にはわからん職業だ)で、華光誌の表紙を造ってもらっていたのだ。ところが、臨時休業だ。仕方なく、少し歩いたところの知人の鉄板焼き屋に向かっ た。でもここも閉店だ。札ノ辻界隈は日曜定休の店ばかりで、どこもダメである。烏丸通にはいると、B級グルメの王道、ホルモン「はやし」があるが、今夜はパスして、地 下鉄十条駅にまで進む。  実は、十条通界隈にこんな洒落た店ができて、前から狙っていたダイニング・カフェ バーに入った。この界隈に、こんなお店ができたのがとても不思議。先客3組も、みな白人のカップルだ。お好み焼きや、ラーメンなどお店を探して徘徊しているうちに、最後はこの店になった。  会館の近くにはアメリカ人が経営するビール工房ができているが、そこの地ビールが出されていた。まずは、「一意専心」...

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B級グルメ~国府町「国八」篇~

高山国府のF家が法座会場の時は、国道沿いにあるラーメン「伊吹」か、「国八」で夕食をすませる。今日は、伊吹が休業していて、国八へ。 週末には行列のできるB級グルメになっているは聞いていたが、少し早めの時間でまだ空いていた。しかし、その後はお客が入ってきて、うわさどおり行列もできてい た。 豆腐定食700円也に、ホルモン焼き、イカ焼きの定番のパターン。濃厚な味にご飯がどんどんすすむ。おかげで、法話が終わったころには、みんな胸焼けをしてしまった。

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外護の善知識(2)

永代経が終わった翌日、高山のFさんからの電話があった。1月の報恩講でも、11月の華光大会の後でも、大きな法座の後には必ずあることだ。でも、法話の質問でも、法座の感想でもない。  撮影くださった法話DVDの編集についての相談である。  Fさんは、今年の九十歳になられた。このために機材を購入くださり、毎回、撮影のために宅配便で送ってきてくださる。それもすべて自費負担してくださっているのだ。Fさんの仕事は早い。機材が自宅に戻ったらすぐに編集に取りかかってくださる。先生方の法話タイトルや組み合わせを尋ねられるのだ。そして、法座終了後、1週間以内に編集原盤にダイビングされたDVDまで送ってきてくださるのである。今回も、5月5日には会館に完成品が届けられていた。  ところが、御礼の電話しようと思ったら、Fさんが倒れて入院されたという一報が入ってきた。  病院は、高山法座の会所への道にあって近かった。お...

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«青空の飛騨路