水浸し

  朝、2度目の洗濯機を回し終えた頃、連れ合いの叫び声が聴こえた。覗きに行くと、洗濯の排水が出来ずに、部屋中が水浸しになっている。    洗濯機の排水管が外れていないので、原因は外だ。4~5年前にあったことなので、外の下水管につながる排水口を見ると、やはり汚水が流れずに一杯になっている。元が詰まっていては、いくら流しても流れはずはなく、流した分だけすぐに溢れたようだ。  急いで濡れた荷物を動かす。大きな段ボールに2箱が、底が水浸しだ。中身と、法座や法話関係の未整理の書類。慌てて取り出し、広げると部屋は書類だらけになった。底が濡れた書棚を動かすのに、中身も取り出さねばならない。法座を前に予定外の事態である。  水が使えないことほど不自由なことはない。ちょうど和歌山市の水道管事故のニュースをやっいていた。水が出ない不便さは想像できるが、水が出るのに使えなくなる事態は思いもよらなかった。入れるこ...

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『悟痰録』始まる

 前回、経緯に触れたが、10月から『悟痰録』を読むことになった。内容に先駆けて少し説明をする。  今、発行されている『悟痰録』には、二人の先輩同人の文章が収録さている。貴伝名博著の『春風吹くかば』と、尾上実著の『悟痰録』である。お二人は、『死を凝視して』に別の文章が収録されている。また尾上さんのものは、合せて『華光出佛』の納められいる。それを合せて読んでいくことにした。  貴伝名博著『春風吹くかば』 (『悟痰録』収録) 同    『死の日記』(『死を凝視して』収録)  尾上 実著『悟痰録』 (『悟痰録』・『華光出佛』収録) 同    『最後の手紙』(『死を凝視して』・『華光出佛』収録))   貴伝名博さんは、昭和十八年に、二十七歳で、結核のためにご往生された。実業家としての活躍の夢は適わず、喉頭結核病であった。 尾上実さんは、昭和二十年に、二十七歳で、結核のためにご往生された。尾上さんは、...

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あなたの声が聴きたい

 「どうすれば」という方法論を尋ねる方。 「なぜか?」と理由を尋ねる方。 「それはどこにありますか?」と根拠を尋ねる方。 そして、自分の意見や考えを滔々と述べる方。 中には、法話の要点をしっかり復習しながらまったく言葉と離れている方もある。 雄弁だったり、澱(よど)みなく話されたすることが多い。 そんな自分の意見や考えを滔々と語られた時は、語り終わられたら、その問いに答えるよりも、「それで、今、どう感じておられますか?」とか、「語り終わって、どんな感じがしていますか?」などと、「今、体が味わっている、感じ」を、言葉にするように求めていることが多い。特に最近はしつこく「で、今の感じは?」と聞き返している。  そうすると、だいたいが「え? 感じですか。感じと言われても…」と戸惑い、言い澱んで、「エー」とか「ウン」となって、やっと事柄ではなく、自分自身に向き合ってもらえる。が、それも束の間、また...

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東京支部法座~地獄の話~

  8月は完全リモートになった東京支部法座だったが、今回は、今年2度目のリアルでの開催。現地に加えZOOM参加もある二本立て。ただ、宿泊会場と兼用だった会館が、コロナ禍以降、貸会場のみの利用となり、夜を早く切り上げねばならない。ということで、今回は、昼座の後、小休止を挟んで夕座と連続した2座の法話。19時に終了してたら、1階のレストランで希望者と夕食も食べたのも、また、2日目の終了後、懇親会も開いたが、共に1年10ケ月ぶりだ。緊急事態が長く、外食で生ビールを飲むのは、7月の福岡法座以来、ほんとうに久しぶりだった。  連続した法座で、法話も一つのテーマでを掘り下げた。「地獄」についてである。  「地獄行き」とか「地獄一定」か法座の常套句ではあるが、では「地獄」のことをどれだけ知っているか。主に二つの意見に分類された。地獄そのものの特徴を語る人と、自己の味わい、自覚のところで語られる方である。...

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『サマー・オブ・ソウル』~あるいは革命がテレビで放送されなかった時~

   いやこんな映像に出会えるなんてね、びっくり。  『サマー・オブ・ソウル』~あるいは革命がテレビで放送されなかった時あるいは革命がテレビで放送されなかった時 は、1969年夏、30万人を動員した「ハーレム・カルチュラル・フェステバル」、暗殺されたキング牧師の一周忌を期して開催された黒人を中心にした音楽フェスだ。このフェステバルの最中、アプロ11号が人類初の月面着陸に成功したので、その映像も挿入されている。小さかったぼくは、夏休みの絵日記にアポロのことを書いた、そして父が興奮して深夜まで中継をみていたことだけは覚えている。  しかもこの年の夏、同じ時、それほど離れていない場所で、あまりにも有名な『ウッドストック・フェスティバル』が開催されている。ラブ&ピースだ。一方は、未だに語り継がれる伝説のフェスとなるのに、こちらもなかなかのメンツが揃って、エネルギー全開なのに、すぐに忘れさらていく。...

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9月の華光誌輪読法座

 朝、お参りが1軒。お彼岸に日程かあわずに、今日になった。車ではなく、近鉄に行く。時刻さえ合えばこちらの方が少し早い。お正信偈の後、短く一言をお話しして、あとは近況などをお聞きする。いろいろ味わうことはあったが、今は略。  華光会館では華光誌(80-4号)の発送作業中だ。午後からの輪読法座に合せて3名の助っ人をお願いして、6名で作業中。人数がるあるから作業もはかどる。  午後からは華光誌輪読法座。高取師の誌上法話「信心の落とし穴」の後半を読む。悟朗先生の『親指のふし』の引用と、ある同人のお言葉が随所に現われてくる。 最後にある『仏敵』の味わいをみんなで分かち合う。 「じゃ君に一つ譬えを出そう。君は今、生死の苦海に漂っているとする。そこに大木が漂流してきたら、君はそれにすがるかい?」「私はすがります!」「それでは君は、いよいよ獲信してはおらぬ……」「それではアカン」と、皆が異口同音に言った...

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教行寺永代経法要

 1年ぶりの教行寺の法座。有り難いことに、コロナ禍の中でもたくさんのお参りがある。華光からもこのお寺とのご縁のある方が何名かお参りされていた。  朝座と昼座の2席のご法話は、「雪山童子と羅刹」、そして「餓鬼道」がテーマ。この二つを中心に、何度もお話させてもらっている。といっても、毎回、同じはなしではてくお話するうちに味わいが代わってきたり、別のポイントが見えてきたりするし、当たり前だが、別の人々が集うのでその場所、その場所の雰囲気が変わると、力説する点も変わっている。  お集まりの皆さんのお顔をみている、「どうせ私みたいなものは」という気持ちで、仏様のお話を聞いていませんかと、思わず出てきた。いくら悪人がおめあてとだと言っても、私は熱心でもないし、仏教のことは分かっていないし、つまらないことばかり考えているし、もっとな真剣で、熱心な有り難い人がもおられるのだからと、せっかくのお救いを遠慮し...

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高山支部法座

 山岳地帯を高速道路で走っていると「トンネル6カ所連続」という表示を目にする。ぼくはこのシルバー・ウイークは、法座ウィークで、連続して6日間の、さまざまな形態の法座が続いている。2日間の「真宗カウンセリング」と聞法の集い。そして大阪支部法座。1日あけて、2日間の高山法座、週末の奈良の寺院布教まで続く。  出張の宿泊法座は久しぶりだ。8月、9月上旬は、コロナの感染拡大で、 出張の宿泊法座はがZOOM法座に代わったので、緊急事態が発令中の京都から、同じく発令中の岐阜に移動も、新鮮だ。  初日は、平日だったので、高山支部の皆さんが中心。そこに地元出身の同人か加わる。彼は、京都での3日間の法座からなので、ぼくと同じく5日間の法縁だ。  活発だった高山も高齢化が進み、人数も少なくなった。諸行無常はさけられない。富山や北陸からの参加者ないと、顔ぶれも固定化されている。肉体的な衰えは仕方ないが、問題は精...

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大阪支部法座~余韻が形になる~

 連続して法座が続く。もう1泊京都に宿泊された方も複数あって、大半が3日間の法座をご一緒くださった方もある。皆さんの中でも、ずいぶんザワザワと動いているものが垣間見えた。頭で作ったものでないので取り扱い注意だか、それだけ動きだす可能性があって、面白い。ぼくの中でも余韻が響いていて、3日間が一つなりの法座のように感じられている。  今日は、「修行者(雪山童子)と羅刹(鬼)」をテーマにしたが、やはりこの2日間の気持ちを伝えずにはおれなかった。  結局、出会ったものが大きかったのだ。その教えを喜び、お伝えしようという「得道の人」に出会たのだ。そして、その方からお教えいただき、お聞かせに預かった。それは厳しい鬼の声だった時もあったが、如来の直説、真実の声だった。 それをいつ聴くのか。明日でも、明後日でも、いつかでもない。  いま、ここで聞く。それ以外に、真宗の聞はない。  その声は、羅刹でもいい、...

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「サイコドラマと聞法の集い」

     講義に続いて、翌日は実践である。     朝のチエックインに続いて、グループわけ。仏青のグループで一つ、後はアットランダムに二グループの3グループに分けた。一応、経験のある方が各グループに1~2名、役員さんに加わってもらったが、別にその方が司会をするというわけでもない。  それぞれが課題を語り、また取り上げるテーマを話し合う。決して、押しつけや決めつけないで進めない。このプロセスが大切だ。テーマを決めれば、細かな設定はあまり作らないでおくし、当たり前ことだがリハーサルなどもしない。といって、行き当たりばったりというのではない。また、まったくかけ離れた話をするのではない。ある程度、自分たちの課題や問題点を取り上げるからだ。しかし、それをそのまま演じるのでもない。その時、その場での、つまりは「今、ここで」の、私を大切にして動いていくのである。「こうせねばならない」とか「こうしたほうが...

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今月はフリ-トーク

   真宗カウンセリング研究会の月例会では、、ロジャーズのいわゆる「必要十分条件」の論文を読み出した。今回が4回目だが、積極的に、担当を名のり出てくださる方があった。初めての発表てのでと、早くからレジュメを準備し打ち合わせも済んでいた。ぼくも楽しみにしていたが、急に帰省せねばならない事態が起こってきて、欠席されることとなった。その場合、ぼくがレジュメを読み進めていくことになっていたが、せっかくここまで準備をされてきたのだから、来月に延長してでも、担当していただくのがいいのではないかと判断した。皆さんの了解も得られたので、今月は、輪読から離れてフリートークでの月例会となった。  ZOOMでの参加者もあれば、会場にお出でになった方もある。全員で一言ずつのチャックインをして、それから会場組と、ZOOM組に分かれた時間をもつことになったが、ZOOM組はさらに2グループに分かれたので、6~7名での3...

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入門「真宗カウンセリング」講座

当初は、「念仏と黙想の集い」の計画だったが、緊急事態宣言下の中で車座で輪になって、大声で称名念仏することは避けたかった。  それで、「壮年の集い」で要望があった「サイコ・ドラマ」が面白いのではないかと思った。ただそれだけ2日間では参加者が少ないだろう。ふと、真宗カウンセリングの入門的な講義をもつことを思いついた。と言っても単なる勉強形式の講義ではなく、自分自身の歩みに即した体験的な話をすることにした。  初めての試みなのに、とてもワクワク感があった。始まってみないと分からないのに、なぜか不安感はなく楽しみでしかない。きっと今、一番話したいことだからだろう。 ところか、急に、台風が進路を変えて、近畿に上陸するという。日本海を抜け温帯低気圧になるという予報が、外れたのだ。台風としては「弱い」のだが、今は警告を発する度合いが過度に増している。被害よりも、新幹線や交通機関が停まることを心配した。結...

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