第41回講習会~『歎異抄』(4)~

 『歎異抄』に入って、4回目の講習会だ。異義篇の後半14~18章をいただく。  正直、馴染みの薄い章ばかりだ。第1回、第2回に比べて、異義篇に入ると参加者が減ってきたのも、致し方ないのかもしれない。それでも、今回からの参加者もあり、皆さんと一緒に味読させていただいて、ぼくにとっても貴重な時間であった。  さて、歎異抄は、前半の親鸞聖人のお言葉を伝える聖語篇が人気が高い。全編が端的な力強い表現で語られ、時には意表をつく鋭い言葉で、現代人の心も打つものだ。教義上からもみても、後の学者が「唯信訓」と名付けた第1・2・3章が重要で、特に第1章の歎異抄全体を総括する重要な章だ。  それに比べて、後半の異義篇は、親鸞聖人の教えと異なる当時の異義を批判し、唯円房の耳に残る聖人の教えを伝える部分で、前半に比べると回りくどく長い章が多い。そのせいもあって、どうも省みられることが少ない。それでも、異義篇の前半...

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3月の高山支部法座~自策自励して~

 3月の高山支部法座。  電車で一人で行く予定だったが、急に、連れ合いも参加できることになって、車で高山へ。高山までは、だいたい3時間30分くらいだ(帰路は、複数の事故渋滞に巻き込まれて、6時間近くかかった が)。3月に入ってから雪の心配はなさそう。関が原から岐阜方面は、まったく雪はなかったが、さすがに飛騨国に入ると回り は雪景色。特に、今年は積雪が多くて、たいへんだったようだ。こあたりは標高も高く雪が溶けずに残っている。ここまでくると、雪山も美しい。それでも、ピークはすぎているので、今回はノーマルタイヤでもまったく問題なかった。  新しい支部長さんが工夫をして、こんなプログラムを作製されていた。初めての方が和むようにと、かわいいイラストも入っている。毎回、利用できるように、バーツが磁石で留められるにもしてある。隙間の部分には、 「おのおの聞け、強健(ごうごん)有力(うりき)の時、自策自励...

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創意と工夫の法話

   寒中子供大会。参加者が集まりが悪く、世話役はお誘いに苦労された。仏青世代も、大人も少ないが、寒中子供大会なのに、子供の参加者が特に少なかった。幼児も含めて、どうにか開催にこぎつけた。  にも関わらず、法話担当の生方は、いっさい手抜きをされない。母も言っていたが、人数が少なすぎると、準備にも力が入りづらい中で、子供たちが飽きないようにと、何枚ものかわいい絵を描き、クイズを出し、ギターを弾いたり、馴染みのある歌を歌ったりと、その創意と工夫の熱意には頭が下った。皆さん、仕事を持ち、または子育てを真っ最中に、 時間を割いて準備をしてくださっているのだ。中には、準備の途中で眠たくなったので、セロハンテープを瞼に張ってまで頑張たという方もあった。いつもは子供たちの感想文を中心に「はちす」を発行するが、今回は、先生方の法話を「華光誌」に掲載してほしいとの声もでた。ただ、視覚や聴...

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ぼちぼち再開します

とにかく多忙だった。  特に、講習会と、華光誌の編集が重なった。予定していたことなので、それなりに準備は進めていたが、それでも、予期せぬ出来事は起こってくる。自分や家族だけではなくても、ちょっとしたことで歯車が狂うものだ。加えて、今年は町内や地域の役員もているので、3月は総会や会合が続いて、こちらもちょこちょこと時間をとられた。  それでも、おかげさまで無事に講習会も終えた。それになりの教案も造ることができたと思う。華光誌の原稿も、予定日には渡せた。今週は、「聖典」「広島支部」「大阪支部」と3日間連続で法座があったが、講習会と華光誌の後の「聖典」は、なかなかハードであったが、なんとか乗り越えて、一段落しいたところ。  2月の寒中法座から、行事の報告も滞っているが、下書きは出来ているものもあるので、行きつつ戻りつしながら、また再開していきたい。

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講習会あります

歎異抄も第4回目。 第1回目、2回目に比べると、昨年の異端篇に入ってから参加者が減って、今回も少し寂しい。確かに、前半の聖語篇に比べると、後半の異義篇、しかも14章以降は、急に馴染みのない章だ。しかし、もともとの『歎異抄』が『歎異』抄と呼ばれる故は、11章以降にある。著者の主張は、第11章以降にあるのだがら、聖語篇のおいしいところをつまみ食いしないでかないと、ほんとうの意味で1~10章のお心はいただけないのではないだろうか。 参加だけなら当日でも大丈夫です。今回は、食事はなしですが、いまなら宿泊もできます。 迷っている方も、いまからでもどうぞ。今回からの参加者もおられます。 ◎3月11日(土)13時30分~12日(日)16時30分(1日だけでも可) http://keko-kai.la.coocan.jp/event/2017/detail/03/koshukai2017-3.htm

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桃の節句

3月3日の雛祭り。子供たちはここにいないが、今年もひな人形を飾られている。3日をすぎて、講習会あたりまで、御参りの方にも観ていただくつもりだ。 2月の日高法座の帰り、道の駅に寄った。連れ合いは、新鮮な野菜 を求めて、野菜直売場に立ち寄るのが好きだ。ところが、その日は大雪で、目ぼしい野菜はなく、代わりに枝を数本抱えている。売店で何が咲くのか尋ねると、「桃の花だと思います」との返事。「思います」とは、少々たよりない話で、しばらくは蕾もつけず に、「ほんとうに?」という感じでいたが、3月が近づくにつれて、蕾が膨らんで、一輪、一輪、桃の花が咲き出した。 残念ながら満開とはならないが、桃の節句に合わせて、ぼちぼちと淡い花をつけています。  

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スランプ

 弥生、3月に入った。  スランプが続いている。  といっても、仕事は、充実している。法座活動に、今なら4月発行の華光誌の編集作業と、講習会の勉強も始まった。  でもブログだけは停滞している。 いまに始まったわけではないが、ここ最近は顕著だ。  ネタは豊富にある。法座や行事は、毎週続くし、合間にも、講義や勉強会に出たり、連日、映画を観たり、もちろん日常で感じたこともたくさんある。  ところが、一度、滞るとなかなか進まなくなる。PCに向かっても、気が重いというのか、少し書きかけたところで、億劫になってしまうのだ。   もう10年以上、続けている。先日のカウンセリグの記事ではないが、熱意も、根気もなくなっているようだ。  ということで、こんなくだらない愚痴を書くだけでも、案外、打開策になる気がしたが、、、。  さて、さて、どうなることだろう。

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聖典講座『阿弥陀経』(1)~特色~

 前回で、『無量寿経』が終わり、今月から『阿弥陀経』に入る。それでもう一度、第一回目の浄土三部経の概観から窺うことにした。あれから3年が経過し、顔ぶれも変化している。  浄土三部経のそれぞれの特徴や内容の概説を行い、親鸞聖人がご覧になった浄土三部経の「顕説」の面と「隠彰」の面を概観した。  加えて、『阿弥陀経』の特色なども窺った。   『阿弥陀経』の特徴の第一番目は、「無問自説」経と言われることだ。問いを待たずに、釈尊が一方的に、いきなり舎利弗尊者にお説きになるのだ。しかも、「舎利弗、於汝意云何」と、「舎利弗よ、お前どう思うか」と質問をされながら、間髪を入れずに、ご自分で阿弥陀さまやその浄土の世界をお答えになっていかれるのである。  それで、数あるお経の中でも、(2)「一代結経」の釈尊一代の結びの経だと言われ、以上から、(3)釈尊の出世本懐経であるとも親鸞さまはみておられるのは、以下のご文...

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何を喜ぶのか?

 今月は土曜日になった広島支部法座。法話の分かち合いを一言ずつ回した後、Aさんの発言から場が動きだした。 「ある会の勉強会に参加して、『地獄行きの私』を喜んでいる発言ばかりしていたら、『Aさんは浄土往生を喜ばないのですか。そこはどう聞いていますか』と問われた。地獄行きはよく分かるが、お浄土のことは、聞いて覚えところで答えることは出来ても、それでは伝わらない。実は浄土往生のことはわからないし、喜んでいないのだが、皆さんはどうですか」 というような問いであった。  数名の方が反応される。自身の自督(愚禿の信心においてはかくのごとし)と語られる方もあれば、まさにそこが分からないと共感される方もある。しかし「私は、浄土往生を慶ばせてもらっています」という発言はなかった。  外側の話題に移るのではなく、今一度、Aさんの問題にするために、もう少しその心境をお尋ねしてから、問う。 「では、今、称えておら...

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『浄土五祖伝』~少康法師~

 法然さまが、中国における浄土念仏の先達として、曇鸞さま、道綽さま、善導さま、懐感さま、そして少康さまの五名の祖師を挙げ、顕彰のための各師の伝記をまとめてられたのが、『浄土五祖伝』である。この五名を中国の浄土五祖と選定されるのは、法然さまのオリジナルであるという。そのうち、曇鸞さま、道綽さま、善導さまの三名に関しては、業績、著述ともに申し分なく、浄土教の歴史においても大きな発揮をされている。異論はないだろう。しかし問題は、懐感さまと少康さまである。別にお二人に浄土願生や業績、著作などに問題があるのではなく、他にも資格者がおられる中で、なぜこのお二人なのかである。  その中でも、以前から不思議に思っていたのは、同じ「後善導」で、著述など影響という意味では、さらに功績ある法照さまが漏れていることだ。  親鸞さまの高僧和讃にも、 「世世に善導いでたまひ  法照・少康としめしつつ…」 とあるように...

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熱意と根気

 真宗カウンセリング研究会の二月の月例会。  今年は、『育ち合う人間関係』第1章「カウンセリングの手引き」を読んでいる。ロジャーズのカウンセリングの概説が終わって、真宗者に直接つながる話題になっている。「真宗者はカウンセリングをどのように実践するか」の章である。  今月は、「相談室を開設しよう」。カウンセリングを学んだ方は、それを留めないで、実践してください。そのためには、積極的にお寺の中に相談室(場所)を作り、カウンセリング実践を行ってくださいという、先生の熱い伝わる一節だ。  その中、門徒や地域の方に開かれた相談室にするために、粘りづくり、熱心に、積極的なお誘いやPRをすることを勧めておられる。 「PRは、かなり長い期間、あいだを空けずに繰り返し繰り返し行わねばなりません。専門のカウンセラーをおいてPRしても、はじめ半年間はたった二人しか来談しなかったという会社の話も聞いています。短気...

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『ラサへの歩き方』~祈りの2400㎞

  『ラサへの歩き方』~祈りの2400㎞は、昨年秋に観た映画。何度かご法話でも話して、いまさらだがちょっとご紹介。  チベットの小さな村から、親戚や仲間たちが、はるか遠く聖地ラサ(1200㎞)、さらにカイラス山へ山岳道(1200㎞)の祈りの旅に出るのである。2400㎞もの道中、「五体投地」で、1年をかけて巡礼する。その様子が、大自然の中での巡礼風景と、チベットの人々の暮らし向きや日常が、丁寧に描かれていた佳作だった。   巡礼者は、老若男女を問わない。子供だけでなく妊婦や高齢者までいる。日常がそうであるように、一見、非日常の巡礼の旅の途中にも、出産もあれば、死もあるのだ。特に、鳥葬のシーンもある。生前、生き物のいのちを奪い生かされてきたことに対して、最後にその身を布施するというのである。 「五体投地」のルールは、 (1)合掌する (2)両手・両膝・額を大地に投げ出してうつ伏せる ...

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«二つの結び目